★★★★

ギャグ漫画「行け！稲中卓球部」で人気を博した古谷実が、ギャグを封印して若者の心の暗部を浮き彫りにしたコミック「ヒミズ」を、「冷たい熱帯魚」「恋の罪」の鬼才・園子温監督が実写映画化。ごく普通に生きることを願っていた祐一と、愛する人と守り守られ生きていくことを夢見る景子。ともに15歳の2人の日常が、ある事件をきっかけに絶望と狂気に満ちたものへと変わっていく様子を描く。主演は「パンドラの匣」の染谷将太と、「劇場版　神聖かまってちゃん　ロックンロールは鳴り止まないっ」の二階堂ふみ。2011年・第64回ベネチア国際映画祭では、染谷と二階堂がそろってマルチェロ・マストロヤンニ賞（新人俳優賞）を受賞した。(http://eiga.com/movie/56356/より)

本作はPG-12作品なので勘の良い原作読者であれば察しがつくだろうが、原作にあった祐一と茶沢のセックス描写は無い。監督の持ち味とも言えるエログロ描写も、特にエロ描写に関して抹消したのは、「レートを下げて主人公たちと同年代の子供に観てもらいたい」と言う思いがあったのかもしれない。(パンフレットの監督インタビューには「性の目覚めを知る段階の前に、純粋に人生に悩む２人を描きたかった」との事)

しかし実際中高生が本作を観たら正直トラウマになるんじゃないかと思う。少なくとも陰惨な暴力に満ち満ちた本作を、僕が中高生の時に観たら人生でトップクラスに落ち込める自信はある。
その要因の一つとして、原作以上に暴力描写が異常に多いのだ。

原作だと父親は借金こそ抱えているものの祐一に直接危害を加えるような人間ではなかったが、映画だと祐一が少しでも反抗的な態度を見せると容赦なく殴り倒す。(特に最初の殴打シーンは原作読者は改変ぶりに大いに驚くと思う)
挙句の果てには「お前なんか生まれて来なければ良かった」「川におぼれた時に死んでくれれば保険金が下りたのに」などおよそ親とは思えない暴言を吐く始末。原作以上に悲惨な家庭環境だ。

対するヒロインの茶沢にも設定が加えられている。裕福な家だったが借金まみれになり、パチンコ漬けの母親との仲は険悪に。仲が悪いだけならまだしも、母親は娘の貯金箱の金を盗んだり、彼女を吊るす為の絞首台をせっせと作り続けると言うキ印っぷりは正に園ワールド全開。

よくPG12で済んだなとしか思えないくらいの暴力描写満載で、これがやくざの殴り合いならともかくほぼ無抵抗の中学生が徹底的に殴られる様は見ていて本当に辛くなる。
父親だけならまだしも、父親を追う借金取りにまで殴る蹴るされる彼が本当に不憫で、満席の劇場の空気も心なしか重くなっていた気がする。

映画で傷を抱える親子が出てきたら、その傷が何らかの形で治るのが物語の定番だ。
テーマの重さ/軽さはあれ、そういった映画は世に溢れ返っている。それだけ親子間の問題は普遍的なものなのだ。
そして切っても切れない家族とは、互いに許し合う事でしか問題は解決しないように思う。

そう言った意味では許す事の出来なかった親子の結末が、『ヒミズ』では描かれている。そして「相手を許せる余地が無い」祐一の状況に絶望する。暴力描写をふんだんに使って園監督は絶望度合いを原作以上にしたのだ。

そうして原作に「暴力」というトピックを付け加えたところで、物語に悲劇がもう一つ生まれたと感じた。

それが劇中で茶沢に振るう祐一の暴力だ。拳でこそ殴らないが女の子相手にも容赦ないその暴力は、父親譲りのものを感じさせられ、観ていて辛い気持ちになる。(パンフレットのインタビューによれば本当に殴り合ってたらしい)
また茶沢も理知的で芯をしっかり持っていた原作とはキャラクターが大幅に違い、狂信的に祐一を慕い(祐一の名言を紙に書いて部屋中に貼っている。怖い)、最早おせっかいとも言える祐一への接し方は正直不快にしか感じなかった。頭のぶっ飛んだ女性キャラが園監督の好みなんだろうが、痛々しい彼女のキャラクターは祐一を慕ってはいても、彼の絶望を理解しようとしていたのかがハッキリ分からなくなってしまっていて、僕は原作のままの方が良かったように思えた。

そして各所でネタバレしまくっているラストは、パンフレットの監督インタビュー曰く「住田の『絶望』が茶沢の『希望』に敗れた」との事。
でもこの年頃の女の子にありがちな依存体質を更に大袈裟に描いた茶沢のキャラの「希望」は結局自分本位にしか映らなくて腑に落ちない部分もあるが、それでも走り出した祐一の姿には心揺さぶられた。

あまり他人には薦められないが個人的には大切にしたい1本。

【余談】
ブクログの感想にも書いた通り、祐一の数少ない友人が集まり、パーティーする終盤には涙せずにはいられない。
原作で巧みに描いていた「若者の停滞感」は映画『ヒーローショー』に通ずるものがあるけど、映画ではあまり生かし切れてなかったように思う。

園監督のファンとしては、今までの出演者がさながら同窓会のように総出して主演の若い二人をサポートしていたのが微笑ましかった。特に『冷たい熱帯魚』の人達は作中で死にまくっていたので、震災後なのにスクリーンで生き生きした姿を見れて、フィクションなのに思わずほっこりした。