どーも、ゆーこです。
実は25日から27日まで被災地の南三陸町の方に行ってました。
生徒会と宗教委員会とボランティアグループの有志でっていうやつなんですけどね。
去年は参加資格がなくて、やっと今年参加できた訳です。
ほんとはもう少し早く更新しようと思ってたけど、ちょっと自分で整理してまして。
まず被災地を見て感じたのはイメージとの違いですかね。
メディアの露出が減って、現状が紹介されることが少なくなった今を全然知らなかったなぁと。
ほんとに何にもないんです。
ポツンと残っているのは防災庁舎の鉄骨にぐにゃりと曲がった鉄階段。
一面土の茶色に囲まれたところに山積みになった建物の土台であっただろうコンクリートの破片の山。
一見は復興作業が進んでるように見えるんです。
でも、地面をよく見ると、お皿の破片に、コンセント、コップに、少し掘ってみたら女性物のパンプスがでてきました。
復興作業の進みにはやっぱり違いもあって、最後に訪れた気仙沼では、漁港の復興が優先になっているからか、南三陸で見たようなコンクリートの山はありませんでした。
すいません、これ書いててもまとまらなくなっちゃった。
とにかくここに残しておきたいな、と思ったのは、現地でずっとお世話になっていた人のお話です。
今、何が求められているのか。
それは金銭的な支援かもしれない。
物資支援なのかもしれない。
だけども、まず被災地に訪れて欲しい。
話を聞いて欲しい。
とのこと。
被災者の方でも、1人1人の被災の状況が違います。
あの人は家は助かった、でも車は流された。
あの人は車は助かった、でも家は流された。
被災者の方同士でも、気を遣って話さなければならないそうです。
そこに言ってしまえば、何も知らないボランティアの人が話を聞いてくれるたけで、ストレスがだいぶ減るんです。
わたしの出会った人たちはみんなとても温かい人たちでした。
歩いていれば、どこからきたの?と尋ねてきて、体験をお話してくださったおばあさん。
ボランティアでお世話になった呉服屋のお母さん(そして遊んでくれたチビちゃんたち)
宿泊先の方々には、本当になんとこの気持ちを伝えたらいいのか…
みなさんに感謝の気持ちでいっぱいです。
この3日間、ずっとずっと心の中で「ふるさと」がなぜだか流れていました。
そして、どうしてだか分かりませんが、今も聴きながら書いていたら涙が…笑
今さらながら、とっても素敵な曲だなぁと感じています。
まとまりのない文章でごめんなさい。
とりあえず自分の記録としてでも…笑
出会った人たち、東北のみなさんのこれからが幸せで満ち溢れることを願ってなりません。
本当にありがとうございました。
みなさんもよかったら、1度訪れてみて欲しいなぁと!
美味しいものたくさんですよっ!
(わかめ食べすぎてお肌の調子がいいんです笑)
では。
しぇけ!
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