Umiくんが産まれたとき。
軽度の新生児仮死だったため、酸素マスクを宛がわれて即NICUへ搬送された。
バースプランとして助産師さんにお願いしていたカンガルーケアや写真撮影など
・・・そんなことはふっとんだ。
想像していた幸せなお産とはかけ離れたものになった。
立ち会いしてくれていた夫とふたり、
一睡もせずNICUからの面会許可の一報を待った。
夜が明けた頃、やっと病室に看護師さんが来て下さって、夫とNICUへ・・・

目にした我が子のあまりの弱々しい様子に、号泣したなぁ。

寝てばかりいて、ミルクも呑まない赤ちゃん。
長男の時と違いすぎる。

翌朝には採血をして、G-bandとFishへ検査に出した。
病室でひとり検索魔と化していた私は、出産の翌日には「プラダー・ウィリー症候群」という初めて知る疾患にたどり着いていた。

NICUでの主治医に尋ねた。
「Fish法の検査をするということは、プラダー・ウィリー症候群を疑っているんですか?」
先生はびっくりした顔。
「プラダー・ウィリー症候群をどうして知っているんですか?」
「ネットで検索してたどり着きました。」
「あぁ、そうですか・・・。
はい。Fish法で15番の染色体を調べます。プラダー・ウィリー症候群かどうかの検査です。」

そこからの私。搾乳と面会以外の時間、ひたすら検索・検索・検索・・・
調べれば調べるほど、ショッキングで面倒で残酷な疾患。
どうか我が子がプラダー・ウィリーではありませんように、と
一つ一つPWSの特徴に当てはまらない部分を探す。

色素低下・・・無し。
停留精巣・・・無し。
アーモンドアイ・・・よくわからない。
低緊張・・・有り。
哺乳力弱い・・・有り。

生後14日目。
G-bandの結果が出る。異常無し。
大学病室のNICUから、県南部の基幹病院のGCUに救急車で転院する。

生後17日。
Fishの結果が出る。異常無し。
「やっぱりUmiくんはプラダー・ウィリーじゃなかった!」
と、夫と泣いて喜ぶ。
検索の毎日から解放される。

生後20日。
ミルク(搾乳母乳)の全量を口から呑めるようになる。

生後23日。
GCU退院。

生後25日。
経胃栄養の鼻チューブ抜く。

生後1ヶ月20日。
メチル化解析の結果が出る。
Umiくん、UPD型PWS確定。

PWSが確定した瞬間(GCUでの主治医から告知を受けた瞬間)、私はパニックになる。

こんな子要らない。赤ちゃんポストに入れに行く。育てられない。
二人目なんて望むんじゃなかった。◯◯(長男)に悪いことをした。
取り返しのつかないことをしてしまった。

こんなことを診察室で叫んだと思う。
危ないと察して、看護師さんが私の腕の中からUmiくんを抱き取り奥へ連れて行った。

その日はどうやって病院から帰ってきたのかわからない。(高速で一時間)

ドン底に落ちた。やさぐれた。

今じゃウソみたいだけれど。

今じゃ、Umiくん居ないと生きていかれへんくらい、愛しているのに。

夫と私以上に、Umiくんのことを愛してくれる人は居ないだろうし
いつかはUmiくんを残して先に逝かざるを得ない。親無きあとのUmiくんの生活を思うと・・・


PWS専門のグループホームの設立は
これ以上無い安心。

ぐいぐい前進されるりんままさんの行動力と強さは、本当に私の希望。

りんままさん
ありがとう❤
私にお手伝いできることが、なにかあればいいのに。歯がゆい。

生後7日目のUmiくん。
貴重な鼻チューブ写真。
寝てばかりいたから、目を開いてくれるだけで嬉しかった頃。