私が行っていた小学校では毎年、秋の全校遠足というものがあって
場所は必ず高尾山と決まっていた。

確か、小学校5年生の全校遠足だったと思う。
とても楽しみしていたのに、前日に夜に何故だか左足の足首が痛み出した。
捻挫をした時のようにズキズキとして、歩くのも辛いくらいだった。

高尾山は、登ると案外きつい。
特に高学年は、きついコースを登ることになっていたので
あまりに痛む足を前にして、明日の遠足はもしかしたら無理かもしれない・・・と思い始めた。

本当にこのままだと行けないだろうな、と思ったので
当時とても仲良しだったひーちゃんに電話した。

ひーちゃんあのね。
急に左足が痛くなってきたの。
もう少し様子を見てみるけど、本当に痛くて痛くて
このままだと、明日の遠足、行けないかも知れないの。
一緒に登る約束だったのに、すごく楽しみにしてたのに、ごめんね。。。

ところが、ひーちゃんにそう伝えて30分くらい経った頃。
アイスノンで足を冷やしたりしてもずっと痛み続けていた足首が、
何故だかわからないけど、急に痛くなくなった。

あれだけ痛かったのに、嘘みたいに元通りになった。
どうしてあんなに痛かったのに、急に良くなったんだろう?
本当に不思議でしょうがなかったけど、
でもこれで予定通り遠足にいけると思うと、とても嬉しかった。

遠足のお弁当はいつも楽しみだった。
前日には母が、遠足のお弁当は何がいい?と聞いてくれる。

遠足はいつも特別で、大好きな、おかずだけをリクエストすることが許される。
人参もピーマンもセロリも食べる必要は無い。
栄養価も無視していい。

唯一「お弁当が腐らないように」という理由で
梅干が入れられるのが辛いけど、それ以外はいつも大体、
鶏の唐揚げとか、エビフライとかをリクエスト出来た。

それから私の大好きなウズラの卵も忘れずに頼む。
水筒には、好きな紅茶を入れてもらえるのが嬉しかった。
少しだけ砂糖を入れた紅茶が、とても好きだった。

遠足の日の朝。
やっぱり足は痛くなかった。

嘘の様に痛みが引いてから、痛みがぶり返すこともなかった。

朝、ひーちゃんに言った。
ひーちゃんあのね。

昨日電話したけど、不思議なことにあれから急に痛みがなくなったの。
だから今日は遠足、大丈夫になったよ。

高学年の登るコースも、ひーちゃんと一緒に無事になんとか登り終えて、
山頂でお弁当を食べた。

美味しいおかずが沢山で、幸せだった。

モグモグとおにぎりを食べていると、何か妙な違和感を感じた。
白いご飯の中のシャケにまぎれて、ビニールが入っている。
しかも大きい。
母上、間違って一緒に握ってしまったにしては、
随分と大きくはありませんか・・・
と思って口の中からビニールを取り出したら、
何かがサランラップに包まれているのが分かった。

一体これはなんですのん??
そう思ってサランラップをあけてみると、そこには小さな紙が入っていて、
母の字で



「足が痛くならないおまじない」


と書いてあった。
そうかあ。
母がおまじないをかけてくれたから、
だから今日一日、足が痛くならないで遠足が楽しめたんだ。

母の願いが、優しさが嬉しくて、
なんだかちょっとだけ泣きたい気持ちになった。

でも、足が痛くならずに遠足が楽しめたのは
母のおまじないのお陰だけではなかったことを、後から知った。
のちに母が、ひーちゃんのお母さんに教えてもらった話だ。

遠足の前日、足が痛くてもしかしたら明日は遠足にいけないかも知れない、
と電話すると、ひーちゃんはそれをお母さんに伝えた。

Mちゃん、足がすごく痛くて明日の遠足行けないかも知れないって。
来れなかったらやだなぁ・・・・
そうしたら、ひーちゃんのお母さんはこう言った。

そうね、それなら、明日Mちゃんが明日遠足に来れるように神様にお祈りしなさい。
Mちゃんの足が治りますようにってお祈りしなさい。

でも、自分がMちゃんと一緒に行きたいからってお祈りしてはだめよ。
Mちゃんも楽しみにしている遠足なんだから、
自分のためじゃなくて、Mちゃんの為にお祈りしなさい。

それで、ひーちゃんはその夜、私のためにお祈りしてくれた。
しばらくの間、私の為に一生懸命お祈りをしてくれた。

その話を聞いて、どうしてひーちゃんに電話をした後に
左足の痛みが急に引いたのかが分かった。

自分のためじゃなくて、私のことを本気で考えて
ひーちゃんがお祈りしてくれたから、足が治ったんだった。

あれだけ痛かったのに、急に良くなったのは偶然じゃなかったんだ。
お祈りするって、すごいことなんだ。
5年生の私には、本当にびっくりする出来事だった。

ひーちゃんの祈りが、「祈り」というものの本質を経験した
人生で一番最初の出来事だったと思う。

誰かの為に祈るということの大切さ。
自分の欲のためではなく、その人の事を心から想って祈ることの大切さ。
祈る、ということはそういうことなんだ。

ひーちゃんの祈りは、今でもずっとずっと心に残っている。
大切なことを教えてくれたひーちゃんの祈りを
私は一生、忘れないと思う。