もう手遅れなのか。

このまま試合終了か。


いや、まだ何とかなるかもしれないと、淡い夢を見てみる。

濁流の中で何かつかめるモノがないかと、手を伸ばしてじたばたする。


大きな流れは止めることはできないのか。


反則すれすれだが、仕方ない。


知ってしまった謎を小出しに、反応をみるが、


その重要性に気付く人はいない。


今が分岐点ですよ。


未来の人間が、こんな世の中になってしまった責任を問い詰めるが、答えはないだろう。


責任は、過去の一人ひとりにある。


今を生きる、未来の自分から見た、過去の自分たちよ。


今が最後の分岐点ですよ。


テストは何度も終わっている。


警告は何度も発している。


警告音に慣れて笑う人たちのほうが賢いか。


悲しい警告音は、むなしく響いている。



それでも、だれかが、嫌な音を鳴らし続けないといけない。


今が最後の分岐点ですよ。


もうすぐ、最悪の未来が始まってしまいますよ。








今朝、早起きしてテレビをつけたのは、集団的自衛権が可決の情報を詳しく知ろうと思ったからだが、

目に飛び込んできたのは、ラグビーのW杯の開幕戦だった。


開催国イングランド対フィジー。


フィジーなんてちっぽけな島国が・・・というイメージがあったが、

サッカーランキングとは、全く違う価値観があるようだ。


今までラグビーの試合をテレビで見るのは、日本人同士の試合ばかりだったし、

ニュースで見るのはキレイなトライのシーンばかり。


しかし、目に飛び込んだのは、日本のプロレスラーでもひねりつぶされそうな肉体を持つ

屈強な男たちの、延々とつづくぶつかり合い。

しかも皆かなりのスピードで走っている。そして走り続けている。


これほど面白いスポーツがあったのか、と目が覚めた。


日本の教育の現場では、肉体的コンタクトのすくない、けがのないスポーツが好まれている。

タグラクビーなるものがあるが、授業でやれば、足が速いやつがいれば、誰も止められず、

面白みにかけてしまう。

小さな日本人同士のプレーもグランドが広く感じてしまう。

申し訳ないが、花園だろうがなんだろうが、日本人のラグビーをみて面白いと思ったことはなかった。



それがどっこいどうだろう。

相撲取り、いや、ドンキーコングの集団のような屈強な男たちが、遠慮なしにガツガツぶつかりあう。

しかも組織化され、不安定なボールの動きに翻弄されることもなく、スピードあるプレーが続く。

目が釘付けになるとはことのとか。


試合終盤のトライは白線の上に少しかかるような、数センチの陣地を争うプレーだった。

まるでバレーボールのチャレンジシステムでも迷うようなきわどさで、

何度もビデオ判定をリプレーしていた。

その判定はすぐさま公開され、レフリーの内線音声も公にされていた。

肉体的リスクを背負ったプレーだけにアンフェアな誤審は許されない。

会場全体が緊張感に包まれていた。



試合後のすっきり感は半端ない。


これが流行らない日本は温室栽培なんだなと感じたし、

海外では筋トレをする男性がおおいと言われるが、

これを幼少期からテレビで見ていたら、確かにそのカッコよさに憧れることだろう。


ついつい試合終了までラグビー観戦し、その後、集団的自衛権のニュースをみたが、

その落差に草食系男子のひ弱さを感じざるをえなかった。


まるでラグビーは危険だから禁止しますと涙で訴えている男たち。

どこまでも弱弱しいだろう。


集団的自衛権が可決したなら、あのラグビーのグランドに、私たちは足を踏み込まなければならない。

日ごろからのトレーニングで筋肉とつけ、技術とスピードを身に着けなければならない。

この世界で、どこまで日本代表が通用するだろうか。


試合は今、始まったばかりなのだろう。






集団的自衛権の問題は、憲法違反か。


サッカーのオフサイドラインのように、時節により上がり下がりするボーダーラインがあるのだろうか。

反対する野党には、どう見てもオフサイドにみえるのだろう。

与党の中にも、内心はオフサイドかどうか聞かれたら、オフサイドかもしれないと思っている人もいるだろう。

得意満面にオフサイド論を語る人は多いだろうが、一つの問題を見落としている。


このオフサイドルールが適応されているのが、日本チームだけで、相手チームにはこのルールがないということだ。

オフサイドが世界平和のために必要であるならば、相手チームにこそオフサイドの素晴らしさを語るがいい。




中国は、いや中国共産党は、日本に対して3つの大きなウソをついている。


いや、3つではおさまりきらないのだが。


1)日本との歴史問題。


南京大虐殺をはじめ、日本を貶め、自分たちが鬼とたたかう正義の味方であるかのごとく、

宣伝するのが目立つが、開いた口がふさがらない。

この反論は多くの方がされているので割愛。


2)日本との軍事力で、中国が優位


中国の軍事力はすばらしいそうだが、まだまだ張りぼてである。

実質的な戦力は、日本のほうが性能も稼働力も上である。

ただし、日本と中国の大きな差は、核兵器があるかないかと、憲法の差がある。


中国が実質的に核兵器を使うことは国際世論上難しいのかもしれないが、

ISISなどが先にハルマゲドンで使った場合、そのハードルは下がる。

核兵器を都市の中心に落とすのではなく、たとえば空母のいる上空で爆発させ、

電磁波混乱をおこさせ、情報機能をマヒさせるために、使う方法がある。

将棋でいえば、飛車ではなく、香車のような使い方だ。


集団的自衛権の問題は、なんだか野党が異様に盛り上がり、逆に周りは冷め切って白けているように見える。

昨晩の参院特別委員会では、反対する野党の妨害により、最終的な審議がずれこんだが、それも時間の問題だろう。


以前なら、こんなときに世論調査の結果がテレビに出ていたと思うが、最近はなんだか見ることができない。

テレビのアンケートのいい加減さが、ネットにより暴かれてしまうためだろうか。

コメディアンの発言など、風向きが変わってきているが、実質、日本人の多くはどう考えているのだろうか。


3)経済のウソ


中国はすでに破たんしている。それを嘘で隠している。

なぜなら誰も株を売れないからだ。売れない株を買う人はいない。

そればいくら勝手な架空の値段をつけようとも、破綻しているのだ。

架空の値段を付けた時点で、アウトである。

あとは嘘の上塗りの連続で、つじつまが合わなくなってくる。



この3つのウソは、中国国民ならダマせるが、いつまでも世界をだまし切ることはできない。

しかし、いまさらウソでしたなどと、言えるはずもないだろう。

火のついたコンロの上の鍋のように、いつか沸騰するだろう。

あーぶくたった、煮え立った?

この結果、中国に革命がおこるだろうか。分裂がおこるだろうか。


その可能性は否定できないが、困ったことにこの国には核兵器がある。

そのことをゆめゆめ忘れてはならない。







ウソをひとつ言えば、そのウソをかばうためのウソが必要になる。


自分がすごい人間だとウソをつくためには、かなりの労力が必要になる。


そして、自分でも何が本当で何がウソなのかもわからなくなってくる。


少しでもそのウソを信じる身内が増えれば、もうあとには引けない。


周りから見れば、そのウソがばれているにも関わらず、本当だ本当だというしかない。


あきれて話を聞くのも馬鹿らしくなる。



そんなウソを国家ぐるみでついていた、哀れな国があった。


「あった。」と過去形になっているのは、ウソは船の沈没以降、自分たちでも気がついてしまったからだ。


あれ、最高の国だと信じていた自分たちの国は、こんなに、もろかったのかと。


あれ、ライバルよりもすごいとおもっていた、自分たちの国は、こんなに愚かだったのかと。



もう、かわいそうで、だれも責め立てる人もいない。


もう、あわれで、だれも相手にもしてあげられない。


もう、なさけで、見てみぬフリをしておいてあげないといけない。



世界第二位の大国だと思っていた中国も、ウソで塗り固められていた国だった。


正直者は嘘つきのウソが見抜けるが、自分をごまかしている嘘つきは、他人のウソも見抜けない。


ああ、北よりも私たちのほうが従順ですよとアピールしていたはずなのに、


もう元には戻れない。


馬鹿にしていた北の国に、勝てるかどうかすらわからない。


何せ、自分たちでも、自分たちの力がどれが本当で、どれがウソかも、わからなくなってしまったから。


最後の最後は、黙って逃げるしかない。


境界線に小さな火がついたけど、それを消す手段もない。


日本はもちろん、アメリカも助けてくれるだろうか。


それより、頼りになる中国は助けてくれるのだろうか。


まさか、まさか南北統一が、北の主導で行われることなんか・・・な、ないよね。



だがしかし、だがしかし。



北と南が戦争をしたら、どっちが勝つか予想しろ、といわれたら、


現状では、10回やって9回は、北が勝つであろう。


兵器や兵力の差ではない。トップの差が大きいからだ。


覚悟があるほうが勝つだろう。



パクはウソをつきながら、負けをみとめることになるだろう。


見かけの平和を説きながら、負けをみとめることだろう。



どこで道を間違えたか。


南の余命もわずかだろう。


病名は、「ウソ」と診断されることだろう。




天津の大爆発と、相変わらずのそれに続く報道規制などの対応のまずさ。


株価暴落を支えているのは、数字のウソ。


私の記憶が確かなら、かの国は世界第二位の経済大国だったはず。


自分たちの国が、これほどにモロい、見せかけだけの城だったと気が付いたときには、


残念だが打つ手はない。


今までと同じように、病巣を隠し、ごまかし続けるしかない。



がん細胞は健康な体でも、出来ては消え、出来ては消えして、塊にはならない。


ところが、悪想念が後押しすれば、小さな種の周りに憎悪が渦巻く。


ひとたび、渦ができ始めると、つむじ風が竜巻になるのは時間の問題だ。


ああ、あの国の余命は幾何だろうか。



この国には法の下の平等も、警察の公正な取り調べも、ない。


法律の上に中国共産党がある。


つまり、中国共産党に不利な判決はありえないのだ。


そんな国で裁判をすること自体が徒労であるだろう。



腐敗撲滅も、公正に実施するなら、捕まらない役人はいないはずだ。


賄賂を使わず、暮らせるような役人もいないのだ。


しかしその偏った腐敗撲滅は、最後の大物、江沢民一族にも、ついにはその手が伸びている。


ソ連という国は、情報開示と経済敗戦によって、崩壊したが、


中国はそれを一応、知識として知っている。


だから、情報は規制するし、経済は負けていないように見せかけなければならない。


では、中国はどうやって崩壊するのだろうか。


それは内部の膿だろう。


嫉妬、失望、不平不満、嘘、背信、


その黒い心を煽り立てるのは、毛沢東の亡霊だろう。


そもそもこの国は、嫉妬によって出来上がった国なのだ。



毛沢東を掲げるその男こそ、習近平の次に来る男であるだろう。


中国国民は、その男に酔いしれるだろう。


英雄のように担がれるだろう。


しかし、近隣の国々は、習近平より、その次の男を、恐れることになるだろう。


習近平のほうがかわいげがあったと嘆くことになるだろう。


その男は、江沢民の陰に隠れている男だ。


一見スマートで、貧しいものの見方で、世界の常識を備え、経済に明るいようにみえるだろう。


今は失脚しているが、それこそが彼の身を守っている。


やがて重慶の彼は表舞台に復活してくるだろう。



中国共産党の余命は幾ばくも無い。


日本は敗戦後、大国の丁稚奉公をペコペコしながらこなしていた。


しかし、お前の体には、サムライの血が流れているはずだ。


お前が再び自分の血筋を知り、決意を持ち、その腰に剣をさし、髷を結うなら、


お前がサムライであることが、剣を抜かずとも、自分の身を守ることになるだろう。



そのことに、日本の国民が少しずつ気が付いている。


しかし、まだ大きな声では語ることができない。


半分、いや三分の一を超える国民が、本気でそれに気が付けば、


日本はサムライに再び生まれ変わるだろう。


他の大国は、それを一番おそれている。


サムライには誰も勝てないのを知っているからだ。


だから、お前は丁稚だ、泥棒の子だと、一生懸命だまそうとしているのだ。


だまそうとしている人間の顔を、もう一度よくみてみがいい。


彼らが、いつ本当のこと、真実を口にしたか、思い出してみるがいい。



物語の行方を知らないほうが、楽しめるか。


だまされつづけたほうが、自分には責任がないか。



何もしない人間、ダマされ続ける人間にこそ、責任があるのかもしれない。