「こころに多くの障害物を抱えて歩いている」

 

ふと

 

TVを見ていてそんな言葉が思いうかんだ

 

おそらく20代のスポーツ選手が

屈託のない笑顔で抱負を語っている

 

何の曇りもなく

すがすがしく吸い込まれるような

透明な目の表情をしている

 

ああ、素直にただ素直に、

こころの赴くまま

一心に今を生きているんだな、

 

と思った。

 

20代の私の足取りとは大きく違っていた

 

若いころから

これをして、いいのか、悪いのか、

誰かに許可をしてもらわなくては

何も進めなかった

 

些細なことさえ

これをした結果

誰かに何かを言われることに

おびえていた私

 

何もかも

誰かに遠慮して

素直に○○したいんです!

と言えず

 

更に

したいことなど叶うはずがないと

自由にしてはいけないと

勝手に思い

クヨクヨしていた

 

まさに「心に障害物を抱えて歩いて」いた私

 

 

意志の自由

 

行動の自由

 

失敗する自由

 

結果を味わう自由

 

それはもともと備わっていたのだ

 

自身の中のエネルギーを

 

素直に表せばよい

 

そのエネルギーは周りには丸見えで

 

隠しているつもりがちっとも隠れていないのだから!

 

 

失敗はつきもの

 

でも失敗は失敗ではなく

試金石

 

これをしたらどうなるかって

それだけ。

 

自分の予想外のものを「失敗」と見る癖がついているだけ

 

見方を変えたら「素敵な形」に見えてくる

 

 

そう、人生は「本当はとても愛されている」ことを

 

味わい、感じ、この目で確かめ、

信じることを体験するようにできているのかもしれない

 

回転ブランコに乗って

大技を繰り出して

 

手が滑って…

「ああ!!」

 

…宙を舞って

 

落ちていき

 

パワーネットの中で一瞬大きく包まれ

 

上下に体が大きく揺れながら

 

安心して網から立ち上がるサーカスの選手のように

 

大きな宇宙のセイフティーネットに

実は大きく守られて生きているように思えるのだ

 

 

だから「思いのまま進めばいい」

 

 

素直にね

 

 

小さな思い

 

大きな想い

 

かかわらずにね。