様々なことに出会ってきた

足取りだった

 

結婚

子育て

自分の中の葛藤

別居

離婚そしてこれから…

 

その都度

何かに「なければいけない」と

努力、を重ね

進んできた

 

何かの努力が実を結んだように

思えることもあったが

 

何か違和感があり、

 

ついにはその努力のほとんどは

実を結ばなく見えるようになった

 

敢えて「努める」ことは

 

どこか心のベクトルがずれていること

 

こころも体も大量のエネルギーを使い

「疲れる」

 

本当に心のベクトルが一致することは

「疲れない」

 

そうして多くの時間をこの「努力」とやらに費やしてきた

 

「努力」の方向とずれて

結果は期待するのとは違う方向へと

たどり着いていくことに

嘆いたり、落胆したり、未来を悲嘆することもあった

 

しかし、努力が虚しく意味がなかったわけではない

 

人生は先の見えないトンネルを掘るようなものだ

 

闇雲かもしれないけれど

「掘ってみなくては」是か非かわからない

大いなる方向違いに気が付いて初めて

歩みの方向を変えることができる

 

「徒労」のような「努力」の結果しか

見出すことのできない部分もあるのだ

 

大いなるムダにへこたれることなく

絶望することなく

だんだん撃たれ強い

磨かれた魂になっていくのだ

 

と、自分を愛おしみ、思う。

 

 

本当は「努力」は「するべきも」のではなく

 

人生という真っ白な道を

こころのままに

素直に進んでいくものなのだと

今になって思う

 

それもまた

パラドックスのようだが

「努力」を経てきたから

気が付くことができたのかもしれない

 

大いなる回り道が人生そのものかもしれない。