一年半住んでいるわが城
このマンションの押し入れに
気になる荷物がいつも所在なく置かれている
段ボールの中に仕舞ったままの
ある建築家の作品集
分厚いカラーの
美しくどことなく寂し気な写真が
心のどこかを刺激する
美しいけれど
かざっておくことなく
大切に本棚に仕舞うことなく
所在なく…
あの頃の自分を思い出す
何かにしがみつき
夢中にならすにはいられなかった精神状態を。
寂しかったのだ
心が寒くて寒くて仕方なくって
自分を鼓舞するために何かが必要だったのだ。
そして、当時夫だった人にとって
そのことが非常に目の上のたん瘤であったことが
わかってきた
自分のところから
自分の見知らぬ世界をもって
すり抜けていこうとする私を
忌々しく思っていたのだ
たぶん、あれは、腹いせも半分。
仕事?趣味?よくわからない世界に
消えていく元夫の背中を
扉の内側で見送りながら
主婦である自分に屈辱を覚え
職能がなく無能であり
労働価値のない家事を
日永一日明け暮れ
報酬なく働き続ける
そして世間知らずと馬鹿にされ
そんな日々に飽き飽きして
私は家を飛び出してみたかったのだ。
元夫が私の知らない世界に飛び立っていくように
私も自分だけの世界を自由に飛び回りたかったのだ
心の自由を求めて
世間を、元夫を、見返してやりたい
私を無視ずる背中に
私が彼を無視することで
どんな思いをしているか感じて見せたかったのかもしれない。
劣等感の現れ
それと
自由への憧れ
しかし、それを悔やんではいない。
半分は真実な体験。
窒息しそうな心を救ってくれたから。
そう、押し入れの中から出てきた2台目の製図版。
一台目はずいぶん使いすぎて壊れてしまった。
結婚して以来17年間、自分という存在を消してきたが
一本の細い線を引くその瞬間は
自分と魂が一本になって
鋭いシャープな線が現れる
その爽快感は堪らなかった
どんなに疲れていても
どんなに時間に追われていても
自分が魂と一本になったその時間は
すべてが忘れられ「恍惚」とした気持ちになる
世間知らずと皆から揶揄されても
言い返すすべもないけれど
毎日、設備工学、建築理論、建築構造などの講義を受けるたびに
心が躍動し、世界への興味の扉が開いた
「世界は素晴らしい!」勉強してる時間は喜びに燃えていた
それは苦しい現実を乗り切るための
さらに肉体的に苦しい苦行であったけれど
そうでもしなければ、
さらに苦しい家庭生活が乗り切れなかったと思う
家庭生活に夢も安らぎも愛も見いだせなかったから。
からからに乾いた生活だったから。
夢を見ているような素晴らしい時間と
苦しかった現実を一緒に味わうような
甘すっぱくて苦い、建築の学びの跡
そろそろ、もうお別れしよう
かつての役割はおわったのだから。
もう大丈夫。
何にもすがらなくても大丈夫な自分がもういるから。