泣きはらした厚ぼったい瞼で
じっと流しを見つめていた
母から仕事の帰りによると思ったのに来ない、と
イライラした声で電話があった
特別行くとは約束していなかったのだが
私が来るものと思いこんでいたらしい
「来られないなら、来られないって連絡くらいして!」と
勝手に切れていた
「私だって… 」
仕事で忙しかった、、のではなく
こみ上げる感情をこらえるのにやっとで
それどころじゃなかった
「私だって、いろいろ大変なの!文句言いに電話かけてこないで!」
私もいつになく、感情的になっていた
「お母さんはいいわよね、お父さんがいて、家があって、お金もあって
恵まれているじゃない、わざわざ不満を見つけてぶつけてこないでちょうだい!」
論点がずれていると思いながらも
感情の深いところからの怒りが噴出し止まらなかった。
パン屋に努めて一か月
厨房に運ばれてくる皿を黙々と洗い
背を丸めてガツガツと音を立てて働くおばさまの後ろで
おばさまの発するオーラを除けるように
ひょろひょろ振る舞う
まるで蟹工船にような
ガレー船のような
いつまで続くのかわからない業を果たし続けているように
気が遠くなってくる
このまま
愛する家族にも恵まれず
金銭にも困り
スタスタにスレていくかもしれないと
変な気持ちになってくる
時々、レジのあちらの世界に戻りたくなる
あれほど家族に人生をかけて尽くしてきた結果、
すべてを失ってしまうとは
恨めしい気にもなってくる
仕事帰りにふと大型ショッピングセンターに寄ってみた
広い駐車場はいつになく混んでいた
年末の押し迫ったショッピングセンターは
新年の買い物をする家族連れでにぎわっていた
高い数の子、伊達巻、かまぼこ…
店頭に並ぶ品々が
かつての自分を思い起こさせる
家族がいて
何を食べさせようか
何が喜ぶだろうか
考えながら食材を選んでいた
あの時の自分は輝いていたんだ
目は「特別な人」のために
注がれていたんだ
買い物かごを腕にかけて
真剣に食材を選んでいるあの顔の向こうに
皆「特別な人」が浮かんでいるのだろう…
そんな「特別な人」がいるその様子が
ツーンと心に沁みた
大勢の中の一人でなくて
ある人の瞳の中に特別な存在として
映し出される自分でありたい
たった一人でいい
今日のあなたは?
そんな視線を向けてくれる人がいたら
どんなにうれしいだろうか?
私には父という「特別な人」が身近にいる母が妬ましく
そして、特別に愛情を向けてくれる母に
本当の悲しさをぶつけて甘えていた…
それほどに自分の気持ちを抑えて日々送っていたんだと
ぽたぽたと流しに落ちていく涙がそう語っていた。