毎年のことだが春が来た。
そんなことは子供でも分かることだけど。
春が来ると何故かウキウキして、じっとしていられない。
舞い散る桜と一緒にはしゃいでみたりする。今年で20になるというのに子供みたい。
真っ白なシフォンスカートに淡いグリーンのカーディガンで、入学式を終えたばかりの小学生たちと一緒になって、桜の花を誰が一番たくさん取るか競争していた。
傍から見れば大人と子供なのに、そんなことは彼らには関係のないらしい。同じ目線で同じようにはしゃいでいられるのなら、仲間だ。一人だけ、背の高いコドモは、携帯の画面に表示されるデジタルの時刻を見て焦りだした。
「あぁー!!やっばい!!完全に遅刻じゃん…また怒鳴られるんだろうなぁーあはは…」
焦りながら携帯を眺めていると、ゴジラのテーマが流れ出す。画面には鬼のような形相の中年の写真が映し出されている。いつも怒りの電話は、店の第二の電話からかけられる。
じわりじわりと来る恐怖のメロディーが奏を焦らしていた。
「あぅ…やっぱりねぇー店長怒ってるんだろうなぁー…」
少々怯えながら通話ボタンを押す。
「はい…陽美ですぅ」
電話に出た瞬間に鼓膜が破れな声が響いた。周りに居た子供たちも、それに驚いて奏の方を見ている。先ほどまで戯れながら餌を食べていた鳩たちまでも、大急ぎで飛んでいく。
『陽美、オマエ今月に入って遅刻何回目や。』
店長の声から、どんな様子で話しているのか直ぐに想像できた。
休憩室の狭い空間が霧がかるほどの煙草を吸い、パイプ椅子をギシギシいわせながら、壁のポスターを睨みつけている。苛々すると、彼は決まってこの行動をする。
「えぇーっと4回目ですかねぇー…」
『バカ!!5回目だ!!とにかく、早く来い。これじゃ店が回らねぇだろ。まったく…そんじゃー10分で来い。いいな』
「えっ?えっ?!無理で…」
ツーツーツー…
彼は奏の台詞を最後まで聞かず、電話を切った。
「ここから10分。無理じゃん…」
ピンク色の桜が舞い散る中で、一人の女の子は呆然と立ち尽くしながら空を見上げていた。
佐倉 霞(サクラ カスミ)
自分で言うのも恥ずかしい話だが、綺麗な名前だ。
姓も名も花の名前。
しかし、男なのに霞という名前が恥ずかしい。母親が女の子が生まれてくると思っていたらしく、何が何でも霞という名前を付けたかったそうだ。
しかし、母の思いも叶わず、男の子が生まれた。
それが僕というわけだ。
男の子が生まれたのにもかかわらず、霞という名を付けたのは、僕が生まれたばかりの姿を母が見たときに、霞のように真っ白で小さな赤ん坊だったからだそうだ。
これだけ聞くと、かなりいい話だと思うだろう。
しかし、これには続きがあって、別の意味もある。
『この子はきっと世の中で生きていても、霞んでしまうでしょうね…』
母よ…いくら自分の子供が情けない様に見えても、そんなことは言うなよ。
この話はいつか、酔っ払っていた父から聞いた話。
こんな名前を付けた母は、僕が12歳の誕生日を迎えた日に亡くなった。
母さん、今年で僕は20になるんだよ。
貴女の記憶の中に居るカスちゃんは大人になるんです。
彼女居ない暦19年も更新されるんでしょうね…
つーか、彼女ほしいよ──!!!
毎日、見つめてしまう。
そんなに見つめたら穴が空くんじゃない?なんて言われても見たくなる。
否、見なければならないんだ。どうしてかと聞かれても、正直なところ困る。
簡単に答えるとするならば『本能』だからだろう。
うまく、ちゃんと説明できないけど、そう答えるしかない。人を好きになるのに理由なんて必要ないだろ?
ただ──夢中になっていた自分がそこに居た。
高速道路を走る時の、景色がスピードに飲み込まれて横をすり抜けていくように、季節はあっと言う間に加速し、過ぎ去って行った。
1年なんて短い時間じゃないと、ダルさ交じりで紫煙を吐き出したあの空が思い出される。でも、実際は違ったんだ。夢中になれる存在。何よりも大切だと思う時間があったから、時が過ぎるのがこんなにも早すぎた。周りの景色に置き去りにされても構わないと思うほど、前しか見えなかった。否、前に突き進まなければならないと思ったのだろう。
これも、『本能』というやつなのかもしれない。あぁー難しいことは分かんないけど、人間って複雑でワケわかんねぇ。自分自身もあいつのことも。