まず、はじめに、この物語を侮辱したことを、お詫び申し上げます
作者は、学芸会の延長とおっしゃられていましたが、最終回を観て、その意図がよくわかりました
オイラは、初代マジすか学園を観て、マジすか学園2では、さらに何かメッセージがあるのだろうと勘違いしていました
おそらく、皆さんもそうだと思うのです だから、酷評されてました ストーリーが支離滅裂に感じられたのでしょう
違うんですよ ストーリーなんてないんです 第1話から12話まで、それぞれにタイトルがついとうじゃないですか 要するに、初代と同じオムニバス形式なんです そして、ストーリーよりもエンターテイメントに徹した ある種、パロディなんです
“Everydayカチューシャ”のMV観られた方はお気付きかと思いますが、あれは“ヘビーローテーション”など過去のMVのパロディで構成されています
おそらく、マジすか学園2も、パロディ的要素が強いと考えます
例えば、ゲキカラがミソに刺されたシーン 多くの視聴者が、ヤクザ映画みたいって思われたに違いありませんし、サイトにそのような書き込みがされているのを目にしました “みたい”じゃなくて、ヤクザ映画をイメージして作られたんだと思いますよ 最終回を観て、それに気付きました “やられた”って思いましたよ マジすか学園2は、ヤクザ映画のパロディなんですよ それを、学園ドラマだと思って観るから、違和感があったんですね ネズミの執拗な裏切りや、無駄に思える第三勢力(捨照護路)の存在など、ヤクザ映画としては、お決まりのパターンですよね そして、最後は、自分を理解してくれる刑事に、潔く投降する たかみなが刑事を演じとう時点で、気付くべきでした
シブヤをひっぱったのも、理解できますよね 戦わすことなんて、簡単なんですよ 作者は、我慢に我慢を重ねて、最終回までシブヤを温存した そして、ラッパッパに、シブヤを戻してあげたんです 誰よりも、ラッパッパを愛していたのは、シブヤかもしれませんね だから、マエダが憎かった しかし、プライドを守るために、圧倒的不利を承知で闘うマジ女のヤンキーたちや、サドをはじめとする同級生の姿を見て、勝ち負けにのみこだわってきた己の不甲斐なさに気付いたのでしょう
義理と人情をはかりにかけりゃ、義理が重たいのが、ヤクザ映画 シブヤには、義理も、人情も欠けていました だから、小者に見えたのです 第11話で、マエダに矢場久根の制服を貸すシーンがありましたね まさに伏線と言えるんじゃないでしょうか シブヤは、マエダが憎いわけではなかった マエダに勝ちたかっただけ しかし、マエダが現れたときの、サドやゲキカラの嬉しそうな顔を見たとき、負けを感じた 喧嘩の強さではなく、オーラに
“ヤンキーソウル”のMVで、最後にシブヤが“よろしく”と言います このシーンの意味がずっとわかりませんでした もしかしたら、マジすか学園2で生まれる新しいシブヤを“よろしく”なのかもしれませんね
板野友美さん、お疲れ様でした

