やっぱり須永博士の生命力はすごい!


先日、入院したことをお伝えしましたが、あれから3週間ちょっとが経ちました。

帰ってきた須永博士は、元気元気!!


その期間、私は小国町の須永博士美術館に戻り、ご注文の発送などをしながら、次に須永博士が小国に来た時に安心して過ごせる家と環境を整えるために動いてきました。

これからどうなっていくのかはこれから須永博士や家族でゆっくりと話してゆきながら、きっと「これが良い」という形が出てくると思うので、自然体でやれることをまた一日一日を大切に過ごしてゆければいいかなと思っています。


2月18日〜小国に戻り、3月3日に東京に来ました。

そして、3月4日、須永博士が自宅に帰ってきました✨


入院は17日間、それから7日間は、須永博士人生初のショートステイを利用させてもらいました✨

本人は、退院後自宅に帰りたいと話していたのですが、1人で家に日中いるのはなかなか難しい状況ですので、小国に戻る前日に「私が東京に帰るまで、安心して過ごせる場所で、なんとか過ごして待っててね」と話して納得してもらいました。

その時に、入院中の須永博士が「うん、分かったよ、粧子も無理しないでね、がんばって」と私の背中をさすってくれて・・・そんなこと、初めてかも!パワーをもらった気持ちで小国に戻りました。


2週間、フルで動き回って、まだ時間が足りないくらいだったけどなんとかやれることをして、


小国で摘んできたふきのとうをお土産に持ってきました。



↑まだ顔を出し始めたばかりの、エネルギーたっぷりのふきのとうです。





天ぷらにして、お皿に乗せたらそのままパクッと食べました😆

芽吹いた大地の香りが、須永博士の脳を刺激したようで、それからさらに元気になりました✨


自宅に帰ってきて最初の夜ご飯、その前にやりたいことがあるようで、詩を書ける喜び、作りたいものを作れる喜びが伝わってきます。






今日も↓昨日の続きを書いています。
こんな帽子も持ってたんだ🤭







【須永博士 放浪の詩人】

と書いています。


「最初は、放浪の詩人だったからね、

それから 『旅の詩人』に変えたけど、やっぱり自分は、放浪の人生だったな」とつぶやいていました。


その紙に、次々と言葉を書いています。


考えて書いているんじゃなくて、「感謝」「挑戦」の書を眺めていると、パッと言葉が浮かんでくるそうです。


入院前の2月8日午前中までは、身体がきつそうで、「もう終わりだ」なんて、何度もつぶやいていたのですが、この3週間で、病院での生活やお薬が変わったことも良かったのか、書く力も強く、それまで日中ウトウトしていることが多かったのが、しっかりと起きていて、良かったなと本当に思います。


入院前に本人が希望していた、訪問リハビリも昨日から再開しました。

自宅に理学療法士の人が来てくれて、体調チェック、足腰、手の運動をしてくださいます。


須永博士は、人に言われて何かをするのはとても嫌がるのですが、おととしの夏に来てくださったこの人が、須永博士ととっても合っていて、やっぱり「心」なんですよね。


昨日も、「この動きをすると、須永さんが詩を書いたりするのに、指が動きやすくなりますよ」と、その一言だけでやる気アップ!

真剣な顔でリハビリ運動をしていました。


ショートステイも、とっても良い経験になったそうで、98歳のおばあちゃんが、完璧に自分のことができて、淡々とこなしていて、その姿を見て「ありがとうございます」という気持ちになったそうです。

年齢のことなんて考えてない、ただ自分が生きることを自然体にしている、

これまでも、たくさんたくさんの人に出逢ってきて、その方々から「生きること」を教わってきた須永博士ですが、また今回の経験が学びになって、新たな須永博士の人生がスタートするような気がします。


また、たまにはちゃんと時間作ってブログも更新しますね。

読んでくださりありがとうございます😊



毎年この季節は、卒業記念品としてのご注文をいただいています。

一番多いのは、ポストカードです。

卒業アルバムに添えて渡される先生方からのご注文で、全国へとお送りしています。

まず、ポストカード(画像をクリックするとWEBショップにつながります。)

 

 

 

 

 

なかなかブログを更新できずにいました。

インスタグラムでは少しづつですが更新していますのでよかったらのぞいてみてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

2月11日 須永博士84歳の誕生日を迎えました🎂 

 

須永博士の父親は50歳で脳出血で他界しました。須永博士が20歳の時です。 

そのためか、須永博士本人も、20代〜30代頃まで「自分の人生も50年、50歳まで生きられたら充分」

という気持ちでいたそうです。

 

 絵描きと詩人の道を目指して歩む中で、結婚し、子供が生まれて、

それでも一人旅を続けて全国での展覧会をして出逢う人に詩を書いてきました。 

 

心の中に、たくさんたくさんの出逢いがしまってあり、須永博士の表現では

 

「心の引き出しがたくさんあるんだ。」

 

と言っていました。

 

 目の前の人に、直感で詩を書くと

 

「なんで私の気持ちが分かるんですか」

 

とよく言われます。 それも、それまでの人生経験や出逢いをしまってある

[心の引き出し]からパッと開けて、そこから取り出したものを書き出すだけで

何にも考えてはいないんだと言ってました。

 

 30年近く一緒に旅をして展覧会や講演会の手伝いをしてきましたが、この3ヶ月、

こんなに朝から寝るまで一日中須永博士=父親と過ごしたのは

これまでで初めてじゃないかと思います。

 

 私が生まれた時、31歳だった須永博士です。

 もう全国飛び回っていた頃、それにアメリカやフランスを旅していた頃です。 

娘3人、そしてその後に私の弟、妹が生まれました。 

 

幼い時の思い出は、父が帰って来る日は母がいっぱいご馳走を作っていて、

父のテーブルの上に次々と運ばれる料理✨

 それを私たちが囲んで横からつまみ食い・・・😆 

 

どこを旅しているのか、展覧会をしているのかは、出発前に家族みんなにあてた大きな手紙が

神棚の下に貼ってあって

 

「北海道行ってるんだ〜」「仙台かぁ」「福岡ってどんなとこなのかなぁ」と、

あちこち行ってる父を想像していました。

 

 須永博士の父親が他界した年齢50歳の時に、テレビ出演で訪れた熊本県阿蘇郡小国町北里、

そこで出逢った江藤さんとの繋がりで、小国町にアトリエ、作品館、美術館ができました。 

 

もうその時には、50歳まで生きられたら充分、だなんて言えない忙しい日々で、

ちょうどその頃から私も働いていた会社を辞めて父と旅をする!と決めて東京から小国へと行きました。

 

 それから30年・・・ そばで見てきた父親である須永博士の姿は、なんだろう・・・

 

一言で言うと「自然体」 導かれるように、進んでゆく それには経験や想いもあるけれど、

 

「運を天にまかせて」なんてよく言ってました。

 

 84歳の誕生日 姉が「糖質オフのケーキを買ってくるね」と先週話していて、

2月11日お祝いしようねって話していたのですが、8日に具合が悪くなって病院に行き、

そのまま入院になってしまいました。

 

 もともとの糖尿病に加えていろいろと抱えていて、母が亡くなってからの日々、

ずっと私たち娘息子で力を合わせて支えてきたのですが、身体は限界に近づいていたようです。

 

 本人もそれを感じていて、本人の希望で16日から血糖値コントロールのための入院を予定していたところでした。

 

 16日を待たずして入院になってしまいましたが、何よりも手遅れにならなくて良かったです🥹

 

 ここで、もう一度しっかりと身体の中を診てもらって、痛かったところ、

うまく動けないところを少しでも改善してゆけると良いなと思います。 

 

日々、私に想いを話してくれて、毎日のように

 

「本当に世話になった。もう終わりだ、限界だ。やることはやった、あとは任せた」

 

なんて言ってました。

 

 いやいや、まだまだゆっくり、生きていこうよって話していて 

 

「そうだね、3月には小国にも行きたい、

沖縄へも行こう! 

もう一度石巻、北海道にも行きたいなぁ〜」

 

なんて話していました。 

 

入院翌日の9日に面会に行った時には 

 

「家にいても病院にいても、こうしていれば同じこと。

粧子、うるさい父親がいなくて静かでしょ」

 

なんて笑って言ってました。 

 

「静かすぎてさみしいよ」

 

って答えたけど、本当に帰りの道では涙が出てきちゃいました。

 

 日々のお世話は大変なこともあったけど、皆さん思うように

 

「ゆっくりでいいから、絵を描いたり詩を書いたり、好きなように生きていてほしい」

と毎日思っていました。

 

 だからこそ、ここで無理なく病院のベッドで休んで、身体の中を診てもらって、

これからも書き続けてゆけるようにしてもらいたいです。 

 

もともと16日から2週間ほどの入院を予定していて、入院後の18日から1週間ほど

小国に私は小国に戻る予定を立てていましたので、その期間は姉、弟、妹が病院へ行ってくれます。

 

 こんな時も、きょうだいがいっぱいいて良かったなぁ。

 

お父さん、お母さんありがとうって思います。

 

 須永博士という人間がこの世に生まれて、生きてきた道がこの先どう繋がってゆくのか、

それをこれからも見続けて、書き綴ってゆきます。

 

 まだまだ山ほどある原稿もお見せしていないものがたくさんあるので、

それの整理もしてゆきます。

 

 どうぞこれからも、須永博士を応援してください✨ 

 

メッセージは本人に伝えます。

★今日病院で撮った写真です。

 

 

 

 

 

 

 

 

お地蔵さまはひとつひとつ手作りですので表情もみんな違います。

お気に入りのお地蔵さまをお選びくださいニコニコ

2025年12月20日
母が息を引き取ってから12日が経ちました。


これまで須永博士は、「愛する人」を亡くした方に旅の中でたくさんたくさん会ってきました。
それは人だけでなく、家族同様のペットもです。
お別れは、自分の身が切られるほどつらく悲しく、みなさんおっしゃっていたのが、
「時間が経つにつれ、さみしさが増してゆきます」
と。
「時が解決してくれる」
という言葉もあるけれど、愛する人や、愛するすべての命ある存在との別れは、こんなにもさみしく悲しい
全国を旅する中で、須永博士はそんな方々の心に寄り添う言葉を書いてきました。


私もそれを近くで見てきて、自分の母親とのお別れの経験で、そのさみしさ、悲しさを須永博士と一緒に感じています。

須永博士と節子が出逢ったのは約60年前
これだけ長い間一緒にいて、ずっと2人でいろんなことを乗り越えてきたし、支え合ってきた人が隣にいなくなってしまった悲しみは、とても大きなものですね


昨日も、ずっと静かに横になったりたまに起きたりして、目は開いてるけど、たまに会話するくらいで、私の動きを見たりしていました。


「今、何を思っているのかな・・・」

と思いつつも、いろいろとやる事があり夕方になり・・・


「今日はお風呂に入ってみようかな」とつぶやきました


毎日入れてあげたいところですが、この年齢になると入浴にもかなりの体力を使うし、

入浴サービスも受けてますが葬儀後は本人の希望でお休みしていて、


「私が手伝うから、入りたい時はいつでも言ってね」と話してました。
 

最近はだいぶ体力も回復してきて、
「ちょっと手伝ってくれたらあとは1人でできる」
と自分でも自信が付いてきたようです。


髭と頭の毛も剃って、さっぱり&ピカピカ✨になりました
そして、しっかりと夜ご飯食べて、


「お父さん、食欲もあって、ちゃんと眠れて、それが私は安心」
というと、


「それしかないからね」と一言。


だよね。
お母さんがいないんだもんな、一番大切な、愛する人がいないんだもんな・・・
と心の中で思っていたら、

「お母さんはね、ずっとずっと、
あちこち痛いって言ってた

終わり間際には、身体中が痛くて、寝るのも大変だった
今は、みんながこんなにも想ってくれている
それが嬉しい
そんな気持ちでゆっくりゆっくりしているよ


たくさんの人が、節子のことを思ってくれていることを想うと

 

“今は痛みのない世界で笑顔で過ごしているよ
みんなありがとう
これからも毎日みんなの幸せを願っているよ
続きの世界で楽しく生きています
ありがとう”


って、お母さんは言ってるよ」

話してる横で須永博士の言葉をメモに取りました。

「続きの世界」


初めて聞く言葉🥹✨✨
そうか、お母さんはそこで楽しく生きてるんだ💓
すごいな、って思って須永博士を見たら、この涙🥹

 


 

声を出して泣いていました🥹✨

感情をこうやって出して、この今を、日々を、過ごしてゆきます。

 

 

「人を愛するとは こういうことだよ」

 

 昨日の早朝、須永博士が言いました。 

 

12月15日、須永節子のお別れの日でした。

 

 12月8日に息を引き取ったのですが、式場の空き状況や家族みんなの予定で1週間後に決まり、

いろいろと打ち合わせや準備を進め、須永博士とも15日は朝早く出発するからと前日に必要なもの、

着替えなどを揃えて就寝しました。 

 

15日朝、まず私が自分の支度をしてから・・・と6時に起きて顔を洗っていたら、

2階から階段を降りてくる音が。

 

 早い!7時過ぎで良いって言ったのにもう起きてきた! 

 

と、思って階段の方へ行くと・・・

 

 えっっっ!!!!!

 

 もう、上下しっかりと喪服を着ている須永博士が降りてきました。

 

 えっっっ!!!!! 

 

もう一度言ってしまいました。 しっかり着てる、ネクタイも締めてる!

 普段、着替えを手伝わないとなかなか難しいのに、中のシャツもしっかりボタン閉めてるし、

着崩れも無い、 どういうこと?? 

 

 1人で着たの? 弟が起きて手伝った? 

 

あたしがびっくりしすぎていたら、嬉しそうにニコニコして 

 

「粧子が驚いた顔して嬉しい」 

 

と😆 

 

そして、

 

 「人を愛するということは、こういうことだよ」

 

 と。 

 

「“お父さん、ちゃんとやってよ 

 

私はしてあげてたんだからね 

 

大切な人の旅立ちの日に寝坊なんてしたら

どうしようもないんだからね

 

 こういうふうにやるのよ”

 

 って言われてね、5時ごろ目が覚めて、自分で着替えたんだ。」

 

 と。 

 

ほんっとうにびっくりしました。

 

 でも、須永博士の表情は、お別れを悲しむんじゃなくて、

 

しっかりと天国へと旅立てるように大切な今日という日を過ごすんだ

 

という想いにあふれた表情をしていました。

 

 家族葬でとり行いましたので、わたしたち5人の子供たちと、孫、ひ孫、親族で

 

母とのお別れをしました。

 

 ここ数日とても寒かったのに、朝もひんやりしていたのに、

 

 式場をみんなで出たら眩しい太陽と、雲ひとつ無い青空と、暖かく春のような陽気でした。

 

 「お母さんはすごいね、

 

12月8日もすごく暖かかったね、

 

 今日もこんなお天気の中、全員が集まれて、お別れなのにお別れって気がしないね

 

 今の方がすぐそばにいるみたい」 

 

みんなそんな気持ちになりました。

 

 自宅に帰ってきたお母さん

 

 須永博士の最愛の人

 

 須永博士がいつも座って詩を書いているコタツの横に

 

四十九日法要までの後飾り祭壇を作りました。 

 

「やっと帰ってきたね、お疲れ様」 

 

ほっとした須永博士とわたしたち 本当に、やっとやっと帰ってこれたね、

 

お母さんがんばったね そんな気持ちです。 

 

夜、寝る前に須永博士と話していてこんな事を言っていました。 

 

「いる人も、いなくなった人も、念力で繋がっているからね

 

 どんな行いをしてきたか、 どう人と接してきたか、

 

 良いことはいっぱいして 人に優しくして

 

 そう生きていると、自分が困ったとき、

 

必ず助けてくれることが起きる

 

 須永博士が生きてこられたのもこれなんだ」

 

 と。

 

 その話を聞きながら 会えない、

 

声が聞けないことはさみしいけれど、いないんじゃなくて、

 

これまでよりももっとそばにいるんだなって思いました。

 

 11月18日に熊本から東京へと移動した日に、もうすでにその時須永博士が言っていたのが 

 

「お母さんはね、今までいっぱいがんばってきた

 

 あとは静かに息が止まる 

 

そして復活する その時まで・・・ 

 

ゆっくりゆっくりね」 

 

と私に話してました。 

 

この時から覚悟ができていました。

 

 今日からは、須永博士の横にいて、心の会話をするんだろうな☺️

 

 また、ゆっくりと更新します。

 

 読んでいただきありがとうございます。

 

 

亡くなる日、病院に向かうタクシーの中で書いた言葉です。

 

下記の期間、須永博士美術館と須永博士美術館webショップを臨時休業させていただきます。

 

2025年12月13日(土)~12月17日(水)

 

この期間のご注文は18日以降に発送させていただきます。

 

よろしくお願いいたします。

須永博士が小国に来ました!





これまでお伝えしていたように、昨年は5月から12月まで入退院を繰り返し、とっても心配でしたが奇跡的に回復し、83歳のお誕生日も迎えられて東京の自宅でリハビリしながら過ごしていました。

「小国に行きたい」と何度も言っていたけれど足腰が弱り、1人で階段や長い距離を歩行するのが難しく、来るならば付き添いが必要だから、その時は私が東京に行って一緒に小国に連れてこようか・・・とも考えたりしていました。でもなかなか実現に至らなくて須永博士も「小国に行く!って思うだけでそれが目標になるからいい」と話してました。

それが今回、約1ヶ月前に須永博士には私含めて5人子どもがいて、(初の公表✨)その5人で想いをひとつにして「もう一度父を小国へ!」の計画を立てることにしました。

きょうだい5人が揃って小国に来るのも初めてのこと、当日まで、本当に実現出来るのか??
いろんなパターンを脳内シュミレーションして、須永博士が無事に小国に到着できるように考えました。

そして無事!10月28日にそれが実現しました✨
今、到着から10日が過ぎ、大自然の風景を見ながら、ゆっくり過ごしています。
来年のカレンダーにも、30冊ほどサインを入れています。
これは、大切に保管して、「欲しい!」という人に販売したいと思っています。超貴重な、サイン入りカレンダーです。

ご希望の方はメッセージください☺️

 

お客様に会うのはお約束できませんが、ここで須永博士の小国での様子を少しづつ紹介できたらと思います。









今季一番の冷え込む朝となりましたが、快晴で空気が澄んで気持ち良いです✨


行楽シーズンとなり、お客様も立ち寄ってくださっています。

ご来館お待ちしております。





2026年カレンダーも販売中です😊