元気さんの身体中の細胞が沸き立った事柄の一つに
知覧特攻平和会館を訪れたことが
あるそうです。
私にとって
知覧特攻平和会館のことを聞くのは
もう3人目
ここまで何人もの口から聞くということは
私も行けということだよなあ
と思いましたが
ここは
特攻隊員の写真や遺書を始め
いろいろな物がおさめられてる場所
この方々がいたから今がある
特攻隊員の方々は(もちろん戦争にかかわった先祖のみなさん全て)自分たちのことより
のちに生まれ来る私たちのためにと
戦ってくださった。
そう思います。
そしてここから、不思議なシンクロが💦
金沢から帰ると
子供達は遊びに出かけたまま帰宅してなくて
飲みに出た旦那さまとは丁度入れ違い。
家に一人っきりの時
私は時々、今まで気になって録画したテレビ番組を少しずつ
見ては削除をしています。
あの日も、
思いついて年末に録画していた番組
年に一度だけあるスペシャル番組
「さんま玉緒の夢叶えたろかスペシャル」
を再生しました。
本当にこの番組は大好きです。
街中で聞いた夢の幾つかを叶えてあげる番組
去年の何組かの当選者
それぞれに感動でした。
介護ヘルパーのお母さんを持つ
幼稚園生の女の子は
漫才で老人を笑わせて長生きして欲しいという夢を叶えたのだけれど
もう感動で胸がいっぱいになった。
で その中に板津おじいさんの夢として
奥さん孝行に歌舞伎座に連れて行ってあげるというのがあった。
そしたらなんと
その板津さんが、知覧特攻平和会館の生みの親だと😲
もうびっくりにもほどがある。
録画だから今日見なくても良かったし
たくさん撮りためてる一つだから
今日 さんま玉緒~を選ばなくても良かったわけ。
この偶然(必然)をどう受け取れば
いいのかな。
この板津さん
20歳で特攻隊として12人で飛び立ち
エンジントラブルで不時着
唯一一人だけの生き残り、ずっと生き恥を晒して生きてきたと思っておられる方
その頃は特攻で死ねなかった隊員の多くは自決をしたそうで板津さんは怖くてできなかった。
終戦からその後悔は、頭を離れることはなく
笑顔は一切消えたそうです。
そこからの人生は結婚し子供も授かるものの
それよりも
特攻隊員1036人全員の生前の様子や言葉を遺族に伝えることだけに費やしてきたそうです。
そういう活動を続けて10年過ぎた頃から
各地から特攻隊員の遺族から品物や手紙が寄せられるようになった。
そして夢の初期の知覧特攻平和会館を
建てられた方
そしてその奥様の素晴らしいこと
素敵なお二人でした
そして私もこのシンクロに感動しつつ
夢リストに知覧行きを追加です。