こんにちはsunですニコニコ

 

先日の投稿のあと、メッセージのやり取りの流れでお仕事何されてるんですかって聞かれることがあったので、今日は仕事の話をしたいと思います看板持ち

 

意外に思われるかもしれませんが、私は外科医でした。でも、辞めました。

 

志して外科医になったのに何で外科医のキャリアを諦めたのか?

 

*以下に過酷な労働環境を書いていますが、現在は労働環境改善されているらしいです*

 

私は医師が少ない超過疎地域の総合病院に勤務しており、若いうちは本当に働きました。

1年のうち365日毎日連続出勤しなければなりませんでした。

当時は勤務は申告制で、もちろんそのままの勤務記録をつけると差し支えるので、正直につけてはいけませんでした。

記録上は、月20日前後の勤務になっていました。

 

外科オンコールや救急外来の当番、病棟からの呼び出しが重なり、72時間連続勤務してまともに眠れなかった時もありました。


合間の数十分の仮眠で生き延びていました。

『先生ずっと病院にいるけどいつ寝てるの?』看護師長さんに言われていました。

寝てないんです、寝れないんです。ショボーン

 

1か月の中で、通常の勤務時間とは別に、時間外勤務だけで余裕で200時間超えていました。

でも、80時間以上は記録に残してはいけないという暗黙のルールがありました。

80時間分の手当てしかもらえませんが、お金使う時間もないし何でもいいやと思っていました。

 

昼間は手術をして、夜は救急外来の当番で、当直医3人しかいないのに、

1晩で30台救急車を受けなければならない夜もありました。

地域で唯一の総合病院だったので、『当院かかりつけの患者様の救急車は絶対にお断りしないこと』

これも病院の暗黙のルールでした。お盆も正月もクリスマスも救急外来に立ちました。

 

夕方17時~翌朝8時まで救急外来を守り、そのまま朝8時から外科病棟の担当患者さんを回診して、

8時50分にはその日の1例目の手術の患者さんが搬入されるので手術室へ急いで向かいます。


正直・・・執刀医ではない手術中は眠くなった時もありました。

 

でもどんなに疲れていても外来の時に患者さんから、『先生に全てお任せします』と言われると気持ちが奮い立った。

自分の親だったらと考えて治療や検査の計画を立てた。

逆に、待ち時間が長いとキレて怒鳴る患者さんがいると、心が折れて泣きたくなった。

 

病院に常に駆けつけることができる距離にいないといけなくて、病院からの電話に気が付かないことは『悪』とされていました。


常に電話を気にして、たまにマッサージに行っても、施術前に、

『施術中、マナーモードの電話を手に持たせてください。これが鳴ったら施術の途中でも職場に戻ります。もちろん施術代は全額お支払いします。』と言っていました。

飲食店で食事を頼んで、食べようとしたら病院から呼び出されて会計だけして病院に向かうことも何回もあった。

病院からの着信音恐怖症で、この着信音を聞くと、体が硬直していました。

 

そんな生活を送っていた私にも転機が。

 

尊敬していたスーパーマンみたいな先輩女医先生が、退職したんです。

先輩は超有名大学出身で、外科の手術もうまくて、私の1万倍は精神的にタフでした。

何でもできるスーパーマンってこういう人のことを言うんだなって思っていました。

 

その先輩が、結婚して子供が生まれたのですが、

『この環境で、子育てしながら外科医を続けることは無理。私は降りる。』

『朝7時に出勤して、夜19時にごめんなさい、赤ちゃんがいるので早めに帰りますと頭を下げて帰る環境ってきつい』

と言ったんです。

 

先輩が退職して、私は外科という男所帯の中で独りぼっちの女医さんになってしまいましたショボーン


そこで初めて、この環境って過酷だよなって思い始めました。スーパーマンに無理なら私にも絶対無理だよねって。

 

仕事人ではなく、女性としての自分の人生をよく考えました。


先輩が辞めて1年後、外科常勤医を退職しました。

その後もしばらく非常勤での勤務を頼まれ、完全退職までには少しかかりました。

 

現在も医師として働いてはいますが、企業関連の仕事をしたり、精神的にも時間的にも余裕を持つことができています。

 

自分の人生を守るための選択だったと思います。

 

長くなってしまいました。

一旦ここまでにしますニコニコ