必見情報ということで、

先日リトリートで訪問した八ヶ岳の滝沢泰平さんのYOUTUBEをシェアします。

 

私は、なかでもエンディングビレッジ構想に惹かれています。

 

 

 

余談ですが、短大のころ英文訳の課題で

「キブツ式の暮らし」の英文を日本語訳にする課題が出ました

みなさん必死に訳を終えて、教授の机の上に提出して行ったのですが

 

当時のある友人が

その机にあったあるクラスメイトの訳を読んで、

「なにこれ!私の訳のまんまじゃん!」と大声で、怒鳴りました。

 

どうやらそのままパクった輩がいたのです。

そのクラスメイトを詰問して、謝らせたけど

あの人その後、書き直したんでしょうかね?たぶん先生にも告げていたはずだけどね。

付き合いはなかったけど、顔だけは浮かんできます。

そんな出来事をいまだに覚えていたのは、私だけで、他の友人に言っても

 

「そんな課題あったけ?そんな事件あったけ?」

ってな感じでした(笑)

 

なので、なぜかキブツの暮らしというのが、なんとなく心に残っておりました。

 

それが、この八ヶ岳の滝沢さんの村づくり国づくりの構想を知り

何とも言えず不思議な感動を覚えています。

 

それから、さらに余談ですが

 

以前私は、「まちづくり、くにづくり」を謳うNPO的団体に所属していました。

 

NPO的というのは、当時はまだNPOという団体が存在しておらず

 

仕事としての受け皿として株式会社のテイを取っていました。

 

NPO法案が可決されたと同時にNPOへの申請をしたのです。

 

が、そのころには内部の組織論が激化して大変醜い分裂が始まりました。

 

夫と出会ったのはその組織でしたが

 

まあそろそろこんな荒んだ組織ではもう夢も希望も持てず生計も立てられない

 

ということで、私が先に転職をして、(ここの転職先もまあまあすごかったのですけど、公には書けません💦)

なんとか収入を得る段取りをつけていたのですが、通勤中にこけて右足の靱帯断裂をするという事態があり

手術入院をしている間に夫の転職先を札幌の今の勤務先に紹介して下さった方がいて

現在に至ります。

 

 当時は夢も希望をへし折おられ、苦しみ悲しみ苦々しさ怒り惧れを存分に味わう社会的敗北者の体験をしながらも

事務や経理、事務局運営のスキルだけはつけることが出来ました。ここで支えてくれた仲間には今でも感謝しています。

 

 それでも、まだまだ中年初期の若さゆえか

案外気楽にひょいと移住を決めて、住宅ローンまで組んで家を建ててしまいました。

 

今では、子育ても晩年を迎え

 

新たな自分らしい暮らし方を探す旅が始まったばかりです。

 

そこで、野村せつこさんに出会い

 

せつこさんが、滝沢泰平さんと知己の仲にあり

 

たまたまその日にいらっしゃった滝沢泰平さんのリトリートドームで、お顔を拝見できた!というギフトがありました。

 

 最近ご近所の年配のご夫婦のお宅にデイサービスのお迎えの車が来るようになりました。

70代前半でまだまだお若くいらした気がしたのに

ご主人が体調を崩された様子で、歩くのもおぼつかない様子だったので、てっきりご主人のほうだと思っていたら

今朝、ご主人に付き添われた奥様が、ニコニコと送迎車に乗り込みました。

 

そんな様子を垣間見ながら

「エンディングビレッジ」という暮らし方に参加する

という晩年もありかな

と、感じるようになりました。

 

 今思えば、なんの社会貢献も出来ていないのに

しているふりが得意な組織を重宝されて国や市町村の助成を受けながら

上から目線で、机上の空論をイベント化しながら結局は思惑通りの報告書をあげてシャンシャンにする手法

思い返しても反吐がでるわ!(なんだかワクチンビジネスに似てるわね)

 

という体験をしたかれこれほぼ20年前

 

 

そんな社会悪の素地を吹き飛ばすほどの実践型の村づくり社会づくりが日本各地で立ち上がっていく様子を

目の当たりにして

 

置いてけぼり感を味わいながらも

 

あっぱれあっぱれ!と手をたたき、喜びが沸き立ちます。

 

これから社会を担う若者たちには、大人たちの失敗を横目に笑い

 

同じ穴のむじなにならないよう力強く生きて欲しいなと、初老は願っています。