シャスタに行って、シャスタ山の近くにすこし樹木が何本か
まとまって生えている所があって、大きな大きな切り株があった。
そこに、あぐらをかいて座っている時に受けとったメッセージがある。
そのとき、とっさに紙とペンを出して私はメモした。
私の中心からの声であり、自然界の声のようでした。
優しさ、安らぎ、とても大きな大きな存在、母に抱かれているような
感覚でした。
私が人に生まれようが、木に生まれようが
何もかわらない。
すべてはひとつ。
同じだから。
・・・私のテーマですね。
最近もそういうメッセージを受けとっていたので。
そして、それをシャスタで実際に体験してきたから。
姿が虫でも、動物でも、人間でも、植物であろうが
関係なく、私たちは心を交わす事が出来る。
彼らが傷つくとき、私たちもまた同じように傷ついているという事。
私たちは、彼らであり、
彼らは、私たちだから。

まとまって生えている所があって、大きな大きな切り株があった。
そこに、あぐらをかいて座っている時に受けとったメッセージがある。
そのとき、とっさに紙とペンを出して私はメモした。
私の中心からの声であり、自然界の声のようでした。
優しさ、安らぎ、とても大きな大きな存在、母に抱かれているような
感覚でした。
私が人に生まれようが、木に生まれようが
何もかわらない。
すべてはひとつ。
同じだから。
・・・私のテーマですね。
最近もそういうメッセージを受けとっていたので。
そして、それをシャスタで実際に体験してきたから。
姿が虫でも、動物でも、人間でも、植物であろうが
関係なく、私たちは心を交わす事が出来る。
彼らが傷つくとき、私たちもまた同じように傷ついているという事。
私たちは、彼らであり、
彼らは、私たちだから。
