サヨナラ 鍋太朗

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私と20年近い時を、共に過ごした盟友(とも)が、


今日、逝った.....。


彼の名は、『鍋太朗』


いや、名前というか、戒名か。


何故なら、今日彼に名を付けたから。





100均で購入して独身の私のご飯を作り、私と共に嫁入りして、その後2回の転居を共にして、

ずっとずっと傍にいて、

二人分の味噌汁やら、付け合わせの茹で野菜やら、メインでは無いけれど、無くてはならないサブを支える存在として大活躍する様は、私の望む在り方に通ずるものが、確かにそこには、あった。


今朝、旦那と二人分の味噌汁を作り、私が先に一食分を頂き、残りの一食分を旦那が食べ終えて、鍋太朗を洗う時、



ぱ、きっっっ、、、!


そんな乾いた音と共に、劣化した柄が、割れた。




悲しみが、止まらない。




ロマンティックが、止まらない。



しかし、


鍋太朗で味噌汁を作った現実が、過去。
鍋太朗で味噌汁を作れない現実が、未来。


ただ、それだけなのであろう。


『これ、アロンアルファでくっつけられるんちゃうか?』


哀しみにくれる私に、そんな慰みの言葉を贈る旦那。


しかし。


しかし、鍋太朗という盟友の殉職姿は、
私に愛しさと切なさと、心強さを感じさせるに余りある潔さを、醸し出していた。




もう、私は彼に、何も求められない。

なぜなら、
彼は私に、何の見返りも求めず、
ただただ、私が心地好く在るために、私の想いに応え続けてくれていたではないか?


そんな彼に、これ以上、何を求めると云うのか?


私は、目の前の鍋太朗を、そっと抱きしめ、せめて今だけは、調理器具にあるまじき場所で、彼の最期を、静かに祀った。





食卓の中心で、何やら少々身の置き所の無いような、だけど静かに祀られる彼は、何を想うのか。

それは、誰にもわからない。


明日にはきっと、普通ゴミ。


だけど今は、傍にいる。


今は、私の傍に、いる。


今まで、ほんとにほんとにありがとう。






...........そんな妄想が拡がる火曜日の夜(*σ´ェ`)σ