潜らなくなって10年経ってしまった。
資格をとって、念願の移住で戻ってこようとしていたけど
いつからか移住への熱が減少していっていた
潜る時、そこには誰もいない
自分より大きな魚達もいる完全アウェーな世界
だから、他人の視線や評価なんて一切気にしなくていい世界
素潜り以外で他人の視線を気にしないで行えることなんてなっかった
良くも悪くも僕は人の視線や評価を気にする
気にするから頑張れるわけでもある
けど、素潜りは誰からも見られることなく奥深く潜ってゆく
今までに味わったことの無い不思議な無なフリーな感覚だった
自分の一息で潜って海中に漂い、海面に上がった時に見える光景やその瞬間の感覚
この溶け込む感覚は、ありきたりだけどやった人にしかわからない
チョロっとやっただけでもわからない。


僕はいつも二番手だった
いつからか自分でも二番手が得意になってきてもいた
上にたって判断や指揮する力に欠ける
ある程度強引に、パッパと決める人の下で欠けているとこや穴をサポートするほうが自分の力を発揮できることに気づき始めた。
ちょっと強引な人を、影で支えることに心の中では喜びも感じていた

今でも覚えているけれど、学生の頃の試合で、市民大会とかでの弱小高のやつらをすごく下に見ていた。
でも、自分達も上の大会に行ったら勝てなくて、自分が見下したように見下されているんじゃないかと思ったら悔しくて不安で
背番号は2番。2番手のエースだった。
でも、それは結局勝負の世界では無限に続く問題で
もう、正にバカボンドの描く世界な訳で。
かといって物分り良く悟れるわけもなく。



39歳の今、20代の頃を振り返ると色濃い思い出に溢れていて
その時の選択に間違いは無かったと今だから思える
でも、思い出せばその時だって不安と迷いだらけで
結局、後になって振り返ったから良かったと思えているだけで
当時の自分はこれでいいのかの日々悩んでいたわけだ。

40後半を迎えて今と同じ様に30代を振り返った時に、僕はなんと思うのだろうか。



いつも怪我に悩まされる
スポーツニュースやスポーツ選手の本や話を聞いても怪我は常につきものだ
この苦しみも、真剣になればなるほど倍増するのだろう
怪我さえなければ、いつもそう思う
でも、その怪我を招いたのも自分の判断
小波だったし、砂浜の温度も熱くなかったから浜ランニングと浜トレをした
新しいトレーニングも取り入れてみた
近々会いに行くボス時間の前にも身体の準備は整えておきたかったし
近頃若干体力低下も感じていたからトレーニングに熱も入った。
それがいけなかったのか、帰り道からなにやら足に妙な違和感が
翌日は歩くと痛みで普通に歩けない。
トレーニング中に違和感は感じなかったのに。。。

スパッと判断を下すのが苦手な僕に難しい判断が・・・
今ならまだチケットやランタカーのキャンセルはできる

行くまでの間に治ることに掛けるのか
今回は諦めるか・・・

喫茶店で考える
喫茶店でしょっちゅう考えるけど、意味あるんだろか
そうは思いつつも考える
問い問いても意味のないことをいつも問うている気もするけど
結局いつも問いてしまう
問いてる自分に浸ってもいるんだろう
ホリエモン達からしたら非合理的な時間なんだろうな

全部脱いでさらけ出せたら、そこにはまた新しい世界があるんだろうな
脱いで様になるのも限られた時間
こんな感じで脱いでさらけだしてシャウトしたら最高に気持ちいいんだろう


新しい世界っていえば、波乗りの社長が70を超えたのに
「この痛みが治って痛み気にせずサーフィンできたら次の世界が見えるんだ」
って。
思わず、70過ぎての次の世界って社長!!って思ったけど、最高にかっこいい生き様だなと。
そんな社長との貴重な時間も怪我にジャマはされたくない。
まだ社長に 「お前も上手くなったな」って言わせていない。

飽きるものは自然と飽きてゆく
飽きないものは数少ないけれど大切に残ってゆく
聞く曲なんかがいい例だhttps://www.youtube.com/watch?v=8dEc2Ed9cxU

このブログも今日が最後
このブログがなんだったのかよくはわからない
でも、自分の思いを振りかえったり確認したり表現方法考えたり
このブログを書く時間は好きだった
思うようには書けなかったり表現に気をつかったりもあったけど

このブログに興味をもってくれたり
僕がのせた曲に反応してもらえた時はやはり嬉しかった。

ブログってことの意味を問うこともあったけど
所詮は日記。
自分自身への言葉でいいんだと最後に結局思う。
日記なんだから人様への届き方より自分へのメッセージ。
とはいえ人様の反応が気になるのが正直な自分。

ラジオで流れてビックリの曲。
こんな展開もあるのか!!
「心の小さなホコリ」いい表現だな。

自分の好きになった美しい人が
年を重ねてゆく姿も見て見たかった。

浮気をして僕が小1の時に出ていった父
父に姿が似てきたと言われるたびに
子供ながらに僕は父親になってはいけないと思っていた。
父のようになってしまうのだからと。
小3の時に、デパートで一度会ってグローブと運動靴を買ってもらっていらい会っていない。
今になれば、どんくさい母より他の女性を選んだ父の気持ちはめちゃくちゃわかる。
浮気だって不倫だって下手な純愛論者より全然容認だ。
惰性とモラルの従順より、そこには美しさもある。(もちろん全てがでは無いけれど)

なんあてぼやきつつ
結局、こんな風には一番終わりたくなかったんだけど
やっぱり結局、今まで読んでくださったり立ち止まってくれた方々
ありがとうございました。

そして、たぶん、最後もやっぱりこの曲で。
この八年の間で一番登場したであろう自分にとってのかけがえのない一曲。

何かが終わるとゆうのは
なんともやはり切ないものだ
それを上手に表現できない自分にもまたもどかしい
だからこそ
年を重ねただからこそ
自分の中の反応には正直に。
そしたらきっと、振り返った時には美しく思えるはずだから。



ご清聴、ありがとうございました。