2020年、世の中はコロナ禍でパニック状態となり、緊急事態宣言が発令されていたその頃、何気なく開いたInstagram。
偶然流れて来た1枚の写真が私の人生を変えました。
ベッドに顔を埋める、牛柄のチワワの写真でした。
名前は「スモーヌ」
どういう経緯があるのか片目で、口から舌がペロッと出ている。なんともリラックスした表情。
なんて可愛いんだろう…
でも、そんなことの前に直感的に思ったこと。
それは「自分だ…」。
自分のそのものだと思ったのです。
理屈でうまく説明できません…
「家族じゃないわけがない」
そう感じ、すぐに会いたいという気持ちになりました。
写真と一緒に添えられていたのは、#里親様募集中
#保護犬カフェ鶴橋店
“保護犬カフェ”
様々な事情で行き場をなくしたわんちゃん猫ちゃんが集まるカフェらしく、数日後私は大阪の鶴橋に向かいました。
カフェで初対面をした時、芸能人に会った時のように「本物だ!!」と感動したのを覚えています。
スタッフの方がベッドに寝たままのスモちゃんをそのままずりずりーっと引き寄せて私の近くに寄せてくださいました。
念願の抱っこ。
とってもおっとりしていて、牛柄の毛を触ると思ったよりも毛が固く分厚くてふさふさ…
「はじめまして、じぶん…いや、スモーヌちゃん!」
家族だと確信した私は、絶対に連れてかえると心に決めたのでした。
しかし…
1ヶ月後、私は喉の手術を控えており、1ヶ月後必ず迎えにいくので…!という予約のようなことはできないそう。
退院してから迎えに行くとなると、その頃スモちゃんは誰かに引き取られているかもしれない…
私は入院中、不安に駆られながらも、頭の中で考えることは、スモのことばかり。
「待っていて…!お願い!スモちゃん」と。
だからこそあんなに怖い手術や辛い術後を乗り越えられたのだと思います。
お空を見上げては「今日は何してるんだろう…待ってくれてるかな…」と思いを巡らせていました。
お医者様から退院後最低でも1週間は安静にと言われたことを守り、1週間経った12月15日、やっとの思いで保護犬カフェに電話を。
「スモちゃんは…!まだいますか?」
「はい、まだいますよ」
スモちゃんは本当に待っていてくれました。
「今から行きます!」と電話を切りました。
偶然その日に大阪でライブだった先輩に「私も連れて行ってください!!」とお願いし、車で大阪へ。
「やっと。やっとまた会える。」
今日からあの子と暮らすことができるなんてと嬉しくて堪りませんでした。
そして、
2020.12.15 待ちに待ったこの日の瞬間。
鶴橋店のドアを開けると、
スモーヌはあの日と同じように、お布団に顔をうずめて、すやすやと寝て待っていてくれました。
この日、私とスモーヌを見届けに駆けつけてくださったのが、大阪や岡山で何度も共演したシンガーソングライターのいわいあや子さんです。
鶴橋店ではかなり長くいたと言われていたスモーヌは、たくさんの人に慕われていたようで
スモちゃんが卒業すると聞いて、挨拶をしにきたという方がスモに温かい眼差しを向けながら少しだけ触って帰って行かれたり、
スタッフの方が何かを大切そうに持ってきてくださって、「スモちゃんのことをよくしてくださっていたお客様からこれを頂きました。」とコアラのお洋服も頂きました。
「名前の由来はなんですか?」と聞くと、
「"いっしょに住もうね"という言葉から作りました」とのこと。
心の中がじんわりと温かくなり、岡山に帰っても絶対この名前がいいと思いました。
帰る道中、パンツが大変だろうと直前まで何度も換えてくださりました。
家族が決まりました。
「ありがとうございます!」
「スモちゃん元気でね」
こうして、私とスモーヌはみなさんに見送られながら岡山県へ旅立ちました。
お家では先住犬の雪ちゃんと家族が待っているよ。そうお話ししながら…
この時は、まさか3年半という短い生活になるなんて思ってもみませんでした。
つづく



