高校受験合格率100%!

プロ家庭教師 香川花子です。


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インドでの経験から、

24歳で看護師の資格が欲しいと思った私。


家庭教師をしながら、

県内の看護学部に通いました。


 

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成人看護実習で

私が受け持たせていただいたのは、

末期の肺がん患者Aさん。


 

Aさんは70代の男性で、奥様が病室に

一緒に寝泊まりして付き添っておられました。


 

実習初日。

私達、看護実習生は、

患者さんの元にご挨拶に行きます。


 

そして、お話をさせていただく中で、

その患者さんの看護課題を見つけて、


患者さんが少しでも楽に、

より良い生活ができるように、と


一生懸命に考えて

「看護計画」というものを作り、

それに沿って実習を行います。


 

Aさんは、咳が止まらず、

とても苦しそうでしたが、


私に真っ先に言われた言葉は

「一番辛いのは、この人が」と、

奥さんを指さして、


「この人が、こんなベッドに寝て、

 夜が全然眠れなくて、

 それが申し訳なくてならない」

というものでした。


 

Aさんの奥様も70代でしたが、

奥様は小さくて二つ折りになる簡易ベッドに

寝ていました。


奥様は

「そんなの仕方ないでしょう。

 それより自分の事を」

と、Aさんの事を気遣っておられましたが、


誰が寝ても、

腰が痛くなりそうなベッドでした。


 

ご自分がとても辛いのに、

奥様のことばかり口にされるAさん。


腰を抑えながらも、

Aさんの身体を気遣う奥様。


このご夫婦は、とても仲の良い

ご夫婦なのだろうと思いました。


 そして、奥様のこのベッドの心配を

無くしてあげたいと思いました。


 

その晩、寮の私の部屋に、

看護グループの同級生が集まって

みんなで「看護計画」を立てました。


看護計画はとても時間がかかります。


 

みんな私の部屋に沢山の本を持ち込んで、

何時間も机に向かっていました。


その間、私は、

コンビニから沢山集めてきた段ボールを

ガムテープでぐるぐる巻きにして、

一生懸命ベッドマットを作りました。


 

翌朝、私がベッドマットを運び込むと、

Aさんはとても喜んで下さいました。


 

看護学部の先生からは、

「良いことをしてるけど、

 それは看護師の仕事ではないよ」

というご指摘もいただきましたが、

 

その翌日、奥様から

「初めてよく眠れました。ありがとう」

と言っていただけた事もあって、


私はベッドマットを作って良かったと

嬉しく思っていました。


 

その時の私は、Aさんのお身体の事よりも

「Aさんの心の一番辛い負担を軽くする!」

と、それだけを考えていました。

 

そして確かに、

Aさんと奥様は、その日から笑顔を見せて

下さるようになりました。

 

 

しかし、数日後・・・

 

実習に向かう前の朝のミーティングで

実習担当の先生に呼ばれました。


 

Aさんの様態が急変して

亡くなられたとの事でした。


奥様から

「ベッドマット、本当にありがとう」

との伝言があったとお聞きしました。

 

涙が溢れて止まりませんでした。


 

看護師として、

私の判断はどうだったのだろう?


ベッドマット作りが、

看護計画の最優先で良かったのだろうか?


Aさんのお身体の事を

先に考えるべきだったのではないか?

 

初めて、看護師の仕事の重さを

考えさせられた時でした。

 

 

 

 

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私とマザー・テレサとの出会いは、

中学校2年生の時。


学校の講堂での映画観賞会だった。

 

映画の中で、

キリスト教のマザー・テレサが、


どんな宗教の人に対しても、

分け隔てなく手を握って


「あなたは、望まれて生まれてきたんですよ」

と言って、安心感の中で看取っていく姿に

感動した。

 

そのすぐ後に、

志望校を提出することがあった。


私は担任の先生に

「カルカッタで修道女になりたい」

と言ったのを覚えている。

 

しかし、担任から

「花ちゃん、それは高校と大学に

 行ってからでも遅くないと思うよ」


と言われて、私はあっさり、

マザー・テレサの事はぼんやり考える程度に

なってしまっていた。


 

家庭教師になって

しばらくが過ぎた24歳の時だった。


家庭教師の指導の合間に立ち寄った

コンビニの雑誌で

「マザー・テレサ一周忌ボランティア募集」

の記事が目に入った。


 

中学校の時以来、忘れていたあの熱い気持ちが

蘇ってきた私は、

居ても立ってもいられなくなった。


すぐに外に出て、

その時に所属していた家庭教師の協会に

電話をした。


 

そして、私の希望通りに、

マザー・テレサの一周忌に合わせて

他の先生を手配してもらえることになった。


 

私は翌月、私は、インドのカルカッタで

マザーテレサの一周忌のミサに出ていた。


 

そこでの2週間のボランティア期間中に、

私は「看護師と保健師の資格が欲しい」

と、思ったのだった。

 

 

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小学2年生のBちゃん。

 

私がまだプロ家庭教師になる前のこと。


将来、医者にしたいとのことで、

家庭教師を依頼されました。

 

Bちゃんのお宅は豪邸で、

Bちゃんは何でも与えられているお嬢様でした。


初日にお母様は

Bちゃんは妹の面倒もよく見てくれて、

 本当にとってもいい子なんです」

とおっしゃり、

Bちゃんと顔を見合わせて笑っていました。

 

Bちゃんは学校で、

算数は掛け算を習っていたのですが

学校の勉強は十分に理解していたので、


お母様の意向通り、私はお習字や逆上がり、

ピアノなどを教えていました。


 

ある日、お母様がBちゃんの妹を連れて

お出かけする事になり、


Bちゃんと私は2時間を

二人で過ごす事になりました。

 

しかし、お母さんをお見送りして、

いつも通りにピアノの練習を始めようとした時


Bちゃんはいつもは見向きもしない

部屋のおもちゃ箱をひっくり返して、


「わー、こんなになっちゃった!」


と急に泣きそうな顔になり、

駄々をこね始めました。

 

そして

「片づけろ!先生がすぐに片づけろ!」


と言いながらも、散らばったおもちゃを

部屋の遠くあちこちに投げ始めました。


 

お母さんの前では

とても聞き分けのいいBちゃんだったので、

そんな姿を見たのは初めてでした。


 

私は小学生の家庭教師は初めてだったので

戸惑いましたが、


Bちゃんはそのうちおもちゃ箱から

トナカイの被り物を手にして

「これを被れ!」

と私に言いました。

 

そして、

「こんなに部屋がぐちゃぐちゃになったのは、

 Bちゃんがやったんじゃないからね!

 先生がやったんだからね!

 だからママにちゃんとそう言ってよ!」

と言って泣き始めました。


Bちゃんはその後も、

お母さんが不在の時は急に物を投げたり、

外の犬の鎖を外して玄関から家の中に入れて

家の中をめちゃくちゃにしては、


Bちゃんがやったんじゃないって、

 ちゃんとママに言ってよ!

 ママが来るから早く片付けて!」

と最後はすがってくるようになりました。


 

お母さんが妹も置いて一人で外出されるときは、

Bちゃんは妹に意地悪をして泣かせました。


 そして、妹が泣くと、

また私にすがりつきました。


 

お習字をしてはわざと床にまで書き

それをお母さんに見つかると

「一生懸命書いてるうちに、

 はみ出てるのに気づかなかったの」

と甘えたり、

 

犬を家に入れているのがバレると

「撫でてたら首輪がずれて逃げちゃったの。

 玄関から一緒に入って、びっくりした!」

と言ったりしました。


 

こんなに幼い子が、お母さんのいる時と

いない時で態度が全然違う事に驚きましたが、


しばらく通っているうちに

Bちゃんは、家庭の中では既に大人として

扱われていることを知りました。

 

Bちゃんは私に

「○○温泉の懐石料理は美味しいから、

 今度行ってみて。少し値段は高いんだけど、

 行く価値はあるから」

などという会話もよくしてきました。

 

家庭教師としての家庭との関わり方について、

初めて考え始めた時でした。

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私が学生アルバイトで家庭教師をしていた時のことです。

 

中学3年生のAちゃん。

 

勉強の成績は学年では上位でしたが

県内有数の進学校に行くほどではなく

 

しかし「最高の進学校に行かせたい」と願っておられた

厳しいお父さんがAちゃんに家庭教師をつけることを決めました。

 

初めての家庭教師の日。

 

私がAちゃんの部屋に入っていくとき

居間からお父さんが

A!ふざけてないでちゃんと勉強しろよ!」

と声をかけました。

 

Aちゃんは、お父さんの声にブスッとしながらも

「わかってます!」

と答えて襖を閉めていましたが

 

その声が聞こえないとお父さんは一層大きな声で

A!聞こえてんのか!返事が聞こえないぞ!」

と怒鳴りました。

 

Aちゃんはお父さんを怖がっている様子で

戻って襖を開けて

「はい!」

と大声で返事をしていましたが、

勉強机につくと不貞腐れて、勉強をする雰囲気ではありませんでした。

 

勉強をする前のお父さんの怒鳴り声は、それからも毎回続きました。

 

部屋に入って二人きりになってから

私がAちゃんの気持ちを和らげようと話しかけても

Aちゃんはその声を無視して

「早く宿題の丸付けをして下さい」

と、無表情で問題集を開きます。

 

そして、私が間違えた問題を解説すると

「はい。はい」

と無表情で返事をしながら、鉛筆で直してから、最後に赤で丸を付けました。

間違えた問題は赤ペンで直すように言うと

「それは嫌です!」

と言って、決して赤ペンで直す事はなく

間違えた所を消しゴムで消して鉛筆で直し、また赤で丸を付けました。

 

ある日、お父さんとお母さんが不在のことがありました。

私は家に行くまでその事はわからなかったのですが

玄関に出てきたAちゃんが初めて

「わー、外、寒いですね」

と笑いかけてきました。

 

そして、家に入ると

「今日は誰もいないんです」

と言って、Aちゃんはいつもと違う穏やかな表情を見せ

勉強の合間にも

「好きな歌手は誰ですか?」

と話しかけてきました。

 

机の引き出しにはAちゃんが好きな歌手の写真が何枚も隠されていて

Aちゃんはそれを見て

「かっこよくないですか?」

と言って、その歌手について熱く語ってくれました。

 

私はそれまでAちゃんの無表情に怖さすら感じていましたが

Aちゃんは普通の可愛い優しい女の子でした。

 

ただ、お父さんをとても怖がっていて

表情すら封印していたのだとその時初めて知りました。

 

その日はAちゃんが話したい事を聞きました。

厳しいお父さんのこと、

優しいけれどお父さんの前では自分を庇ってくれないお母さんのこと、

早く自由になりたいこと、

好きな人の事・・・。

 

Aちゃんが笑顔を見せたのも雑談をしたのも

その日だけでした。

 

お父さんに問題集を見られた時の為に

鉛筆で直して赤丸をつけるのも変わらず

同じ間違いを繰り返すことも変わらず

隣の居間にいるお父さんの事が気になって無表情で固まっていることも変わらず・・・。

 

私はご両親のAちゃんに対する態度を変える事ができず

このままではAちゃんは成績が伸びないと思って

ベテラン家庭教師にバトンタッチすることを決意してその家庭を去りました。

 

しかし、結局、

その後Aちゃんは高校に合格しなかったと聞きました。

 

家庭教師の仕事って何だろう、と初めて思った時でした。