父が亡くなった年の冬から、マフラーを編むようなった。

少しでも手を動かす方がいいかなと、せっせっと勧めている。

その年は56本、次の年は何本編んだろうか。すでに、たくさん編んでいる。

「編んでも誰がすっとね」

 と母は聞く。

「私」

「おねえちゃん」

「妹ちゃん」

「孫」

「ひ孫」

とそのたびにいろんな身内の名前を言う。

孫が11人、ひ孫が9人いるからこと欠かない。

もっとも、母の記憶の中には殆ど残っていない。

 何度も何度も誰のために編むのか確認しては、編んでいく。

 時々

「手の運動やもんね。誰もせんでもよかと」と

 本当の事を言う

「そうだね」

 私も何食わぬ返事をする。

 

今年、新しいケアマネージャさんが

「僕にも編んで下さい」と言って下さって、

これ幸いと張り切ったのは、もちろん私。

 さっそく、若いケアマネージャさんに似合いそうなブルーのやわらかい毛糸を買って来た。

網目をたてて、ゴム編で最初の数段編んでから、母に託す。

「ね、26目ね。このままずっとゴム編で編めばいいとよ、ね」

母に何度も確認する。

言葉はすぐに忘れるけれど、目の前の編みかけたマフラーを見ると理解する。

 

ショートにいる二週間の間に編めればいいなと思っていたのに、僅か一週間で編み上げてしまったらしい。

母を迎えに行った時には、自分で編み止めまでしていた。

なんか感動。

 

2本目は可愛い水色と白のふわふわした毛糸で、1歳になったばかりのひ孫のマフラーと思ったけれど、どんどん編み進む母の手を止められずに、幼稚園生のひ孫のマフラーということで編み止めにしてもらった。


3本目はオレンジがかった茶色とクリーム色の細かい縞々で私の何本目か分からないマフラー。

それはショートに行ってから編んでもらおうとしていたのに、実家にいる間に仕上げようとむきになった母は、編み上げてしまった。

ふぅ。

冬は長いなあ。

「施設で暇じゃもんね。なあもすることなかもん」

 という母のために、4本目の毛糸を準備する。

薄いベージュとクリーム色の大きめの縞々にして、数段編んで託した。

「これは誰がすっとね」

「私。

マフラーばかり編まんで、鶴もおってね」

「うん、鶴もあむよ」

「ん!」