やっと自宅に戻って来るとホッとしたかのように、自分のベッドで眠る母。
 
辛そうだったけど、ちょっとだけナッツを抱いたら、すごく幸せそうな顔をした。
 
ご飯もあまりたべられず、意識も朦朧としてくる。呼べば、目を開ける状態。
酸素もSPO2を40切ることもあって、危険な状態な時もあったが、家で看取ると決めた以上、父と旦那と私、必死でマッサージした。
翌朝、低酸素状態で冷や汗がすごく出てたので、ヘルパーさんと看護師さんが着替えと清拭をしてくれてる最中、意識レベルが下がり、救急車で搬送されることになる。
 
病院につくと、いつ心臓が止まってもおかしくない状態だと言われ、必死に最後の言葉を投げ掛ける。
 
しばらくして落ち着いたので、病室に一旦戻るが意識は戻らない。
親戚が、次々と会いに来るる。
 
必死に首をあげながら呼吸をしている。苦しい姿を見ている中、もう楽になってもいいよと誰かが言った。でも、最期まで力を尽くしてみんなと過ごす時間を作ってくれた。
 
翌朝5時、ゆっくりと息を引き取った。60歳だった。
 
こんな思いや気持ち、味わったことない。
ホッとしてるけど、辛すぎる。父とも違う、旦那とも違う。叔母とも違うこの気持ち。どうしたら解ってくれる?どうしたら楽になれる?
 
こんなおもいを持ち続けて1年。癒してくれたのは、ナッツでした。
 
そんなナッツに、親を無くした時に共感できる相手を絶対に作ってあげたかった。そんな先の願いなのって思われるけど、絶対に必要だと思ったよ。
 
これから、いっぱい喧嘩して、大変かもしれないけど、同性の姉妹は大切な存在になると思うんだ。
二人がそんな存在になってくれることをおばあちゃんも望んでくれてると思うよ音符
私にゆじゅを授けてくれてありがとうなつ☆みかんのブログ-o0020002010593983296.gif
私は、一人っ子です。

親の愛情を一身に受けられていいね、いっぱいいろいろ買ってもらえたでしょ?と何かといいなぁと言われる事が多かったですが…

本当に、両親に感謝してますし、たくさんの経験をさせてもらいました!!

でも、ひとついうならば、兄弟姉妹が欲しかった。

幼少期は、一人遊びがつまらなかったし、両親の注目を一身に浴びてたから、辛い事もあった。

大きくなって感じたことは、母を亡くした辛さを共感できる相手がいなかったこと。

母は、長い間病気を患っていて、闘病生活、そして終には介護が必要な状態に。

一日2回の訪問リハの他に家族によるリハ、食事の用意、片付け、ポータブルトイレの清掃、ヘルパーさんも来てくれてたけど、それ以上に家族の役割が多かった。
その時は、精一杯にやってた気になってたけど、今考えるともう少しああしてあげたかった、こうすればよかったっていう思いが込み上げてきます。

父や旦那の母に、精一杯やってあげたと思うよ、と言ってもらえるけど、もう少し出来た気もして後悔もします。

母は、危ないと言われながらも頑張っていてくれた理由…それは、孫に会いたいという一心から。

なかなかこどもが出来ない私たち夫婦を傷つけまいと言葉を選んでたけど、待っているんだろうなって感じはしました。

さあ、治療にいこうと思った矢先にナッツを授かり、報告したらすごく喜んでくれた音符
でも、酷い悪阻と出血、もともとの甘え癖でリハビリをちゃんと出来ない日もあった…。

でも、何とか頑張って臨月まで到達。
そんな時、在宅での治療が限界に来ていた…。
いつ止まってもおかしくない、心臓の浮腫。
もともと肺を患っていたから、肺と心臓で足をひっぱりあってるらしかった…

入院が決まり、なかなか私もお見舞いに行かれずメールでのやり取りのみ。

とにかく、無事に生まれてきてくれることを楽しみに毎日頑張ってくれてた。

出産予定日が2週間遅れ、心配かけながらも出産。
生まれて来てから毎日メール送ったけど、かわいいねっ、でも全身の写真送ってと注文も多かった(笑)

私が退院して会いに行ったら、産後はそんなに動いたらいけない。何で来たのと怒られた。

母は、転院を余儀なく勧められた(急性期ではないため、大学病院では受け入れられないといわれた。同じ治療が受けられると言われたが…嘘だった)

転院する時に、ちょっとだけナッツに会えた、ほんの1~2分。苦しい顔の中に笑顔が見られた音符私も嬉しかった!!

転院先は、慣れた大学病院とは違い、手探り状態。母も不安と低酸素状態から、不穏と妄想が出始める。
ナッツの写メを送っても、殺される、助けてとメールが返ってくる。しばらくするとメールも返せなくなる。

父、叔母、大叔父と話し合い家に連れて帰りたいと意見が一致する。
それで、命を縮めてしまうことになっても、今の状態よりは、平穏に送ってあげたい。

主治医に話し、一時退院の許可をもらうが、何かあったらすぐに救急車で病院に向かうと約束する。
今は、妹思いのナッツ。
 
泣いてると、『大丈夫。なっちゃんがいるから泣かないでなつ☆みかんのブログ-o0020002010572368158.gif』とお腹をぽんぽんと叩いたり、『お母さん~泣いてるよ~』と呼びに来てくれたりします音符
 
優しいねぇねでよかったねなつ☆みかんのブログ-o0020002010657717801.gif
 
 
入院の日。
ナッツは、叔母の家で預かってもらい、私の従姉妹と息子ちゃんのあっくんが遊んでくれましたなつ☆みかんのブログ-o0020002010640379328.gif
 
あっくんは、とっても優しい男の子で、ナッツを可愛がってくれます。従姉妹も、二つ返事でナッツを預かってくれましたなつ☆みかんのブログ-o0020002010657717801.gif本当にありがたかったですなつ☆みかんのブログ-o0020002010744143886.gif
 
ナッツ、初のお泊りだったけど、特に大泣きすることもなく過ごせた様でしたなつ☆みかんのブログ-o0020002010572368158.gif
 
 
次の日は、公園で水あそびしたり、家の中で遊んだりなつ☆みかんのブログ-o0020002010629712774.gifお泊り二日目も、楽しく過ごせたようすでしたなつ☆みかんのブログ-o0020002010640379328.gif
 
 
次の日、従姉妹が自宅に帰る予定だったので、旦那がナッツを迎えに行き、二日間一時保育に出しましたなつ☆みかんのブログ-o0020002010657717801.gif
 
保育園は、大好きな先生が担当して下さったようで、これまた特に問題なく過ごせたようですなつ☆みかんのブログ-o0020002010884887373.gif
 
保育園一日目の帰り、旦那がナッツを連れてクリニックに来てくれましたなつ☆みかんのブログ-o0020002010657717801.gif
 
久しぶりの対面&赤ちゃんとの初対面どうかな?っとドキドキでしたなつ☆みかんのブログ-o0020002010640379328.gif
 
私に会うなり抱き着いて来るかな?とおもいきや、以外とクールで寄り付かずなつ☆みかんのブログ-o0020002010744143886.gif妹を見て一言。
『ゆじゅちゃん、かわいいねっ』って言いましたなつ☆みかんのブログ-o0020002010657717801.gif
 
ん?ゆじゅちゃん?
お名前決めてくれたの?って感じなつ☆みかんのブログ-o0020002010629712774.gif
何も教えてないのに、そう呼びはじめましたなつ☆みかんのブログ-o0020002010572368158.gif
 
なので、妹ちゃんはゆじゅちゃんになりましたなつ☆みかんのブログ-o0020002010640379328.gif
 
初対面を無事に済まし、家に帰ると大泣きしたようで、旦那が困り果ててテレビ電話をしてくれましたなつ☆みかんのブログ-o0020002010657717801.gif
ああ、こんなに泣かせてしまってごめんね、とこっちも涙が止まりませんでしたなつ☆みかんのブログ-o0020002010744143886.gif
 
5日目は、お友達のお家で預かってもらって、久しぶりに仲良しのお友達と大好きなママに面倒を見てもらっておおはしゃぎなつ☆みかんのブログ-o0020002010640379328.gif
楽しく遊んでいる姿を時々写メで送ってくれたので、嬉しかったし、すごく有り難くて心強かったですなつ☆みかんのブログ-o0020002010657717801.gif
 
6日目は、主人の母が来てくれて、おばあちゃんと遊んでもらって楽しそうなつ☆みかんのブログ-o0020002010629712774.gif
ホント、みんなに愛されててよかったね、ナッツなつ☆みかんのブログ-o0020002010884887372.gif
 
退院後は、私との距離を少しずつ縮めていったけど、抱っこして~と赤ちゃん帰りしたり、ぐずってみたり、イヤイヤだったり大変だったけど、1ヶ月経ったら、頼もしいお姉さんになったねなつ☆みかんのブログ-o0020002010640379328.gif
お母さん、すごく頼りにしてるのよなつ☆みかんのブログ-o0020002010629712774.gifこれからも仲良し姉妹でいてねなつ☆みかんのブログ-o0020002010657717801.gif
 
ナッツに兄弟を、っていうのは私の願いだったの…なつ☆みかんのブログ-o0020002010656147635.gif