今日はtoeが聞きたい気分だったんだけど
実はiPodに入ってないから
OVUMを聞いてます。
いいね!
どらむもっとガツガツほしいけど。
今日も昨日みたいにしっから晴れたので
僕は舞い上がったんだけど
3人の女性とすれ違って
今日の僕の思考のテーマが定まった。
最初にすれ違ったのが
車椅子に乗って、意識もままならないようなおばあちゃん。
と
車椅子を押して、笑顔で話しているおばさん。
介護してます ってことやね。
さて、自分に当てはめてみよう。
30年もしたら
母が病気になり、介護が必要になったとしよう。
僕は50だ。結婚していれば(無理な可能性大)妻もそのくらい。
普通であれば、僕が働きに出て
妻が介護にあたる事になる。
しかし、介護とは酷なものだ。
熱を出した時に差し出される看病の手が優しく感じるように
介護される方も感じる。
叶うなら、どこにもいかないでほしい。
感情故に、介護者はつきっきりだ。
そこに自由はなくなる。
介護疲れとかがあるくらいだから。
果たして僕らは
そんな立場におかれ
たったひとりに求められるニーズに応えられるのか?
自分の自由を、代償に。
もうひとりは
完全に腰の曲がったおばあちゃん。
幸か不幸か
僕の友達に腰の曲がったひとはまだいない。
でもそれは人間の当たり前の姿で
「ひとは、いつか」
なのだ。
全く想像出来ない果ての未来
カウントダウンは産声の瞬間からはじまってる。
う わ
昨日かおりさんと話していても
未来の話は、30くらいまでしか出なかった。
僕らが安易に考えられる未来なんて
そのへんなの。
なんて
つらいのだろう。
考えは止まらなくなりそうなのさ。
でもね、もうすぐ学校なんだ。
到着間近なんだ。
また戻るんだ。
せいぜい2ヶ月先の未来しか見えない
四次元的に閉鎖された、僕の小さな世界に。
まっ
そんな世界で大小問わず
大切なものが見つかって
それが大切にできたなら
「僕はしあわせでした。」
といって
最後のページを閉じる事ができそう。
あー
携帯のくせに結構書いたな。笑
読者の事を考えないブログ、ごめんなさい。

