子どもを産んでから、色々なことに対して「あの人(母)、あの家のようにはならないようにしよう」と思うことが本当に増えた。

家の掃除や清潔度、料理の見栄え、親戚や義実家側との交流、旅行、、、

別に無理してそうしようとしている訳ではなく、幼い頃から嫌だったことを自分は辿りたくなくていつも念頭にある気がする。

母が人と交流をしない為家に誰かを招待することはほぼなかった。家庭訪問くらいだろうか。祖母もこの間「あの子に居留守を使われてから、もうあの家には行かないって決めたの」と言い、伯母にも母の居留守はバレていた。本当に来客はなかった。だから人を呼べるようなオシャレとは言わないまでも最低限の清潔感があるとは私には見えない。それがつまらなかったから私はマイホームによく友人を呼ぶ。人を呼ぶことで片付けや定期的な模様替えのきっかけにもなるから。 


料理の見栄えもだが、パンッパンだった冷蔵庫は絶対真似したくなくてうちの冷蔵庫はかなりがらんどうと言える。


親戚との付き合いにおいては、出産後義母に4回ほどまとまった日数で泊まりにきてもらい、育児や家事をサポートしてもらっている。

私が小さい頃は母方の祖父母(私の里帰り先)とは頻繁に交流があったが、父方の祖父母宅の方が家から近かったにも関わらず交流は多くなかった。母があんまり好いているイメージがなかったような記憶だが、別に意地悪するような2人じゃなかったし優しかった。幼ながらに「なんであんな素っ気ない態度をするのだろう?」と思っていた時期もあった。

父方の祖父母に対してだけでなく、自分側の両親に対してもそんなところが多々あったように思う。例えば年始の挨拶に行って、ご馳走が出てきているのに「もう失礼しようか」と物凄く中途半端なところで自分の感情を優先して、父と兄と私を引っ張って帰ってきてしまう。

「え、こんなことしたらせっかくお料理用意してくれたおばあちゃんが悲しむじゃん」って思っていた。私がしたことじゃないのに、何故かいつも恥ずかしかった。相手の気持ちを考えずにこんなことを普通にしてしまう人の子どもであることが恥ずかしかった。私はおばあちゃんのお料理食べたいのに。私まで同じに思われてしまう、と思って恥ずかしかった。


母には友人がいないから、その点もそうなりたくなくて、少ないながらも友人ていてくれる人達を大事にしたいと常々思っている。

年賀状を長年やり取りしている人が2人ほどいるようなのだが、父に聞くと「俺が出してるだけだよ」とのこと。確かに昔から母宛に年賀状が1〜2枚来ていたが、友人と会っているところは一度も見たことがないし、そんな予定を入れている日もないはずだ。


また取り留めもなく連連と書いてしまった。