他のおうちのお子さんを、夫婦二人だけの時や独身時代に、
「わー、ませてる~(゜ロ゜」
って思うこと良くありました。
うちの娘は一才十ヶ月。
お店に入ったら、
「すいませーーん」
とお店の人を呼びました。
私が座っている位置が邪魔だったらしいときは、
「ちょっとしつれい」
と断って前を通っていきました。
昨日の寝る前のお遊びでは、
ハンバーガー屋さんが、突如オープンしまして、
コーヒーと、ポテトを注文してくれました。
寝室ドアのところが注文カウンターらしく、
「すいませーーん」
「コーヒーとー、ポテトとー、ハンバーガー、くだしゃい」
「はい500円」
で、ベッドの上がテーブルらしく。
「買ってきたよ、はいママの分!」
だそうです。
私は昨晩、何個もハンバーガー食べました
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今日も目まぐるしい・・・。
忙しいっていいこと!
うん、確実に前進してるp(^-^)q
ってことで!
今日は久々にちょっと嫌な気分になる出来事が少しあって、嫌な気持ちになった自分に、さらにプチガクッシ。
でもそれは、私が期待しちゃったもんで、それが叶えられなかったことに対する、プチいら。
仕方ない、自分がマイペース過ぎた。
そもそも期待したら相手も苦しくなっちゃうことを忘れていました。
仮にその人が期待されたことを容易くできちゃう環境にあっても、
依頼を受けたくない状況であったことを、
私が素直に認められないから、プチいら。
仕事はチームワーク。
その言葉、私にそっくり返します。
私がイライラすることじゃないね?
うん。
私と同じように相手も自分のペースがあるってこと、忘れてイライラしてゴメン。
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忙しいっていいこと!
うん、確実に前進してるp(^-^)q
ってことで!
今日は久々にちょっと嫌な気分になる出来事が少しあって、嫌な気持ちになった自分に、さらにプチガクッシ。
でもそれは、私が期待しちゃったもんで、それが叶えられなかったことに対する、プチいら。
仕方ない、自分がマイペース過ぎた。
そもそも期待したら相手も苦しくなっちゃうことを忘れていました。
仮にその人が期待されたことを容易くできちゃう環境にあっても、
依頼を受けたくない状況であったことを、
私が素直に認められないから、プチいら。
仕事はチームワーク。
その言葉、私にそっくり返します。
私がイライラすることじゃないね?
うん。
私と同じように相手も自分のペースがあるってこと、忘れてイライラしてゴメン。
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自分が良く使う言葉で、
最近、あんまり使いたくない言葉。
「我慢」
「妥協」
「もういい(もう要らないという意味以外)」
「~してあげる(恩着せがましさが入った場合)」
「折角」
「疲れた」
「どうせ~(自虐的)」
「私なんか」
「(頭ごなしの)ダメ」
この言葉、とりとめもないですが、旦那と何度も衝突して学んだ結果、思った使いたくない言葉です。
社会生活、会社生活をして学ぶ部分もとっても大きいのですが、
私の場合は夫婦、家族生活でこれらを実感し、生きていく上でとても大切なテクニックだと思いました。
テクニックと書くと何だか軽んじてる風ですかね?
コツかな?
とりとめもなく羅列した言葉、いずれも共通するのは、
「思い遣り」
「尊重」
「理解」
が薄くて、自分自分っていう気持ちが強いときに現れますね。
(これも私の場合)
我慢するのって、
自分が納得いかないけど、
その場のため、関係のために自分を圧し殺しちゃうことが、少なからずありません?
だからものすごくストレスがたまる。
家族(旦那ですが)には、その辺のストレスを躊躇なくぶつけるタイプだったので、その度に主張をしあってケンカです。
自分を理解してくれないのが気に入らない、
自分を尊重してくれないのが気に入らない、
私がお願いしたことをしてくれない、
私が、私が、私が。
会社でそんなことすれば大変なので(結構爆発してましたが)、
家の方が学べたわけなんですが。。。
私達がこじれる要素は沢山あったと思います。
実際、周囲はどうしてこんなにケンカしている夫婦が仲良いのか解らなかったみたいです。
でも、私達はとことん話しあうタイプでして、
「落とし所」
を毎度毎度見つけてきました。
相手が大好きだから、このままじゃダメだって、お互い思うんですよね。
会社じゃ、疲れて諦めてた事でしょう。
衝突・主張・理解・納得
その、繰返し。
で最近ようやく、
我慢
妥協
してあげてる
折角
等の言葉が意識しなくても思わない様になりました。
「自分が」
という思いは、
なかなか抜けるものではありませんが、
「相手を見る」
事で、
随分生きやすくなりました。
旦那に感謝です。
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最近、あんまり使いたくない言葉。
「我慢」
「妥協」
「もういい(もう要らないという意味以外)」
「~してあげる(恩着せがましさが入った場合)」
「折角」
「疲れた」
「どうせ~(自虐的)」
「私なんか」
「(頭ごなしの)ダメ」
この言葉、とりとめもないですが、旦那と何度も衝突して学んだ結果、思った使いたくない言葉です。
社会生活、会社生活をして学ぶ部分もとっても大きいのですが、
私の場合は夫婦、家族生活でこれらを実感し、生きていく上でとても大切なテクニックだと思いました。
テクニックと書くと何だか軽んじてる風ですかね?
コツかな?
とりとめもなく羅列した言葉、いずれも共通するのは、
「思い遣り」
「尊重」
「理解」
が薄くて、自分自分っていう気持ちが強いときに現れますね。
(これも私の場合)
我慢するのって、
自分が納得いかないけど、
その場のため、関係のために自分を圧し殺しちゃうことが、少なからずありません?
だからものすごくストレスがたまる。
家族(旦那ですが)には、その辺のストレスを躊躇なくぶつけるタイプだったので、その度に主張をしあってケンカです。
自分を理解してくれないのが気に入らない、
自分を尊重してくれないのが気に入らない、
私がお願いしたことをしてくれない、
私が、私が、私が。
会社でそんなことすれば大変なので(結構爆発してましたが)、
家の方が学べたわけなんですが。。。
私達がこじれる要素は沢山あったと思います。
実際、周囲はどうしてこんなにケンカしている夫婦が仲良いのか解らなかったみたいです。
でも、私達はとことん話しあうタイプでして、
「落とし所」
を毎度毎度見つけてきました。
相手が大好きだから、このままじゃダメだって、お互い思うんですよね。
会社じゃ、疲れて諦めてた事でしょう。
衝突・主張・理解・納得
その、繰返し。
で最近ようやく、
我慢
妥協
してあげてる
折角
等の言葉が意識しなくても思わない様になりました。
「自分が」
という思いは、
なかなか抜けるものではありませんが、
「相手を見る」
事で、
随分生きやすくなりました。
旦那に感謝です。
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