『凛』です

医師妻(大病院若奥様)をやめて

シンママ社長になりました。


難しいお年頃の子供達3人を育てながら

生活の質は落とさず

日々、豊かな生活を送っています。


アラフィフだけど

オシャレしたいし、恋もしたい❤️

最愛の1人を見つけられるまで

頑張りますおねがい

私の事…


私の末っ子は重い病気を抱えて生まれ、これまで何度も生死の境をさまよってきました。

「どうか、もう一度この子に生きるチャンスを与えてやってください」

と願いながら、幾度となく夜を越えてきました。


私が起業を選んだのは

“何が起きても子どもに寄り添える自分でいたい”

と思ったから。

休みに縛られず、収入の変動にも左右されず、自分の手で生活を支えられるように。


シングルマザーだからといって、

子どもたちに劣等感を感じさせたくない

経済的なハンディを理由に、夢をあきらめてほしくない

その思いだけで、がむしゃらに走り続けてきました。

そんな中で離婚して10年が経ち、心から大切だと思える人に出会いました。

それが今のジェントルダーリンです。

(出会い方はマチアプだったけれど…。)


彼は、私の過去も、子どもたちのことも、そしてこれからの現実も、すべてを受け止めようとしてくれています。


今は警察署長という立場で多忙な日々を送っていますが、いつも私を気遣い、遠くからでも支えてくれます。


「重い病気の娘の命の時間を一緒や背負って、私と共に生きてくれる人」

に出会えるなんて、正直一生ないと思っていました。



周囲は言います


「入籍しないほうがいい」

「財産をどうするの?」

「子どもたちは納得しているの?」


私の母でさえも。

たぶん、みんな私のことを心配してくれての言葉。

でも、私は心の中で思います


——それは、私の人生なのに。

——余計なお世話だよ、と。



上の子たちは少しずつ巣立ちの準備をしています。

そしていつか、末の子を見送る日が来るかもしれません。

その現実を思うたびに、胸の奥が静かに痛みます。

末の子の命のリミットは、きっと長くはありません。


あと20年——それが与えられた時間かもしれない。


だからこそ、そのとき私はひとりでいたくないのです。


一緒に涙してくれる人。

一緒に笑ってくれる人。

手を握って、ただ「大丈夫」と言ってくれる人。


彼は、その覚悟をもって、私の人生に寄り添おうとしてくれています。

そして、私の事業を支えようとしてくれています。


だから私はもう、恐れよりも、

“共に生きる”という選択を信じたいと思っています。


私の人生も一度きり

その人生は自分できめる権利があり

自分が責任を負うもの

自己犠牲を払ったとは言わないけれど

家族のために人一倍努力してきたのだから

今度は自分のために

幸せな人生を自ら選択していってもいいですよね?





この文章は、誰かに許してほしくて書いたものではなく、ただ「どんな立場でも、どんな過去があっても、幸せを選んでいい」そのことを、未来の自分に伝えたくて綴りました。