今日はいろんな人とあいました
ひさびさで楽しかったです!!やっぱり人と話すってすごく自分の成長につながるなって思いました。
友達とはこれからさきもずっと、ちょくちょくあってお互いに刺激をあたえあって成長したいなって思った。
それはさておき
今日は得意の半身浴&読書をやりました。
佐藤大先生からのおすすめ
マックス・ウェーバー『職業としての学問』を読みました。
職業として学問をやるのは向いてないと強く思いましたw
- 職業としての学問/マックス ウェーバー
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Uくんがマジメなことかいてたので
またこのブログにアウトプットという項目があるのに利用されてないから
バリマジメにアウトプットします。
完璧なまでの自己マンですw
●印象にのこった内容●
学問には二つの暗黙の前提がある。
一つは、その学問の論証方法が妥当性をもつということ。
二つ目は、学問から導かれる事柄は知るに値する重要性をはらんでいるということ。
しかし、ぼくらの世界の問題はこの二つ目の前提にある。
学問から導かれる事柄が価値があるということは
それ自体証明しようのないことである。
学問の意味は、それぞれの解釈の中で生まれるものでしかない。
特に専門的に細分化された学問においては、その価値は、その分野の発展の糧になるという意味においてしか価値はない。
では
その学問を発展させるということに「意味」はあるんだろうか?
学問が社会の発展に寄与するとして、そこに「意味」はあるのだろうか?
そもそも社会で生きることに「意味」があるのだろうか?
これらは学問によって論証できるものではない。
「意味」をもとめるところにおいて学問はなんらその答えを提供しない。
ただただそれは方法であり、手段である。
平等な社会をつくる
そのための法律学
生命を保持する
そのための医学
それはツールでしかない。
そこに答えはない。
物事のからくりを見破るための・なにかを実現するための
学問。
だから学問そのものは価値判断などはない
ただただ客観的であるものだ。
だから大学で教鞭をとるもの
つまり
職業として学問に取り組むものは
個人が、物事のからくりを見破るための・なにかを実現するための
手段としての学問をみにつけさせるべきであり
なんらの価値判断を主張すべきではない。
そして学生
つまり
学問にとりくむものは
安易に、
主張をもった、わかりやすい講師を求めるべきではない
それは教育者ではなく、煽動者にすぎないのだから。
そんなことをウェーバーは主張していた気がする。
100年たった今も教訓めいてるよね。
すごいね!
●感想●
ニーチェとウェーバーの関係性は深い気がした。
そして彼らが現代社会において示唆するところもすごく大きいんじゃないだろうか。
ニーチェの予見のように
価値の倒錯がおこり
あらゆるものから「意味」がなくなった
第一次世界大戦後のドイツ
社会全体も学問の「意味」というものを見失っていた?
ドイツの人々は「意味」の不在の中で
「意味」を与えてくれる、もしくは「意味」などを忘れさせてくれるような扇動者の到来を望んだ。
客観的な学問よりも、思想や世界観を求めた。
これは、時代が狂気をおび、間違った方向にうごくかも
そんな危惧を感じたこのウェーバーっておっさんは
学問に「意味」など存在しないことをいうことで
逆説的にその「意味」を訴えかけることで
時代の暴走に警鐘をならそうとしたんじゃないのかな。
「意味」ではなく「客観性」 をもって警鐘を鳴らそうとした。
ぼくはウェーバーについてあんまり知らない。
これはぼくが勝手に想像しただけ。
ただただ偉大な人だと思う。
ひるがえって現代日本
ちょっとまえの流行ってるもの
細木和子 小泉首相
客観的じゃない
スピリチュアルであったりエンターテイメント性であったりによって人気がでてる
ちょっと見方をかえれば
「意味」の不在から積極的に考えることをやめている。
20世紀前半のドイツにも似てる。
ウェーバーの教訓は今もおおいにある。
「なんのために勉強すんの?」
「働く意味がわかんねぇ」
よく聞く言葉ですね
「意味」の不在
これは今なおとけない近代の呪縛。
ウェーバーの教訓は今もおおいにある
でも
ウェーバーの
「意味」の不在に耐えかねて、世界観や体験、個性をもとめる学徒の行動を
「弱さ」として批判すること。
それはニヒリズムに対する答えにはならない気がした。
あと学者はいつも時代にブレーキをかける存在だと思った。
世の中にみんなにとって悲しいであろうことがあるとして
その悲しいことが起こらないために
間違った方向に社会がいかないために
大切なものを見失わないように
暗闇に明かりを照らすように
そっと
そっとだけど
学者というものは存在しているんではないだろうか
そういえば東大教育学部の教授は
ほぼ全員教育基本法改正に反対していたな。
答えがない時代を 意味がない時代を 生きること
学問の意味
そんなことを考えさせられた
②時間半の半身浴でした。
しかしいつのまに自分はこんなに文系人間になったんだろう。。
ちょっと前にかいてたアウトプットブログもそろそろ再開しようかな
http://d.hatena.ne.jp/sumikichi/