僕の問題意識
ぼくは昔から、世の中ってほんとはすれ違う要素もないのにすれ違ってる人やコミュニティが多いな~ってうすうす思ってました。
でその感覚が、大学に入って色んなコミュニティに入り視野が広がるなかで、実感や確信に変わってきた。
地域コミュニティの崩壊、核家族化、官僚的な上意下達機構の興隆、インターネットによって今までコミュニケーションできなかった人同士が簡単につながれるようになった、学問の進歩
などなどによって、非常に細分化された社会、回りがわからない社会になった気がする
隣の部屋のやつの顔も名前もしらないし
学問も~部~学科~コースって感じで細分化されて社会とのつながりが見えにくいし
医者に「ガンです」って言われたら、それの真偽さえもわからない
し
韓国 ES細胞のやつのように、研究結果がねつ造されてもわからない
日本人は音楽のジャンル分け大好きだよね。~系が好きとか~系はいまいちきかないとか
ビジュアル系ロックバンドは多くの人からはけむたがられるし、彼等はその嫌われることさえもアイデンティティにする
アキバ系オタクだって同じだ。自分達の言葉をつくってせまいとこにとじこもってる
個人的にはこれらの変化は不可避だし、
自分にあった居場所を見つけられる
多様な社会の実現事態はすばらしいことだと思う。
(本当の自分の居場所なるものかが個人に存在するかは別としてだけど)
でね多様な社会はすばらしいんだけど、最初にもどるけど、細分化された多様なコミュニティができるにしたがってそのコミュニティどうしが排他的になって対立しはじめたりしてると思う。
でですね、あんまり言ってないんだけど、僕が大学はいってから続けてきたまじめ活動は実はこのバラバラになってる多様な人や団体をつなげる試みであるってとこで共通点があったりするのね。
土曜学校manaVIVA!!,
アジコラ
鈴寛ゼミ
教育再興ネット
保護者と大学生、日本人と中国人、まじめなやつとそうじゃないやつ、東大生と他大生、学問的なやつと芸術にひいでたやつ、教育に関わる民間、現場、行政の人
お互いが本質的な理由もなく対立してたり、無関心だったりするのをつなげるプラットフォームのような役割を果たそうとする試みに今も昔も携わってきたつもり。そーゆう人同士がゆるやかにつながれたらすばらしいのにって思ってます。
でもこれって理想を言うのは簡単で実際はすごくむずかしいことなんだな~ってのも実感する今日この頃。。
そう実感したわけについては書くの面倒いのでかきませんが、そう思うんですよ。
でもあきらめたくないな~ってただの学生の分際でおもってみました。(でも学生って人生で一番時間あるし、ひとつのコミュニティにしばられてない期間なわけで、こーゆうのやるにはけっこーやりやすい身分だとも思うんだけどね)
この多様なものをつなぎあわせたりするためのキーポイントはきっと『楽しくあること』『アイデンティティ』『公共空間。公共意識』なんかだと思うんだ。
でも
また言うはやすしするはかたしだ
ここまでよんだあなたはエライ(笑)


