今日のタイトルは私の言葉ではありません。
「魔法の言葉かけの」著者、shizuさん のブログに紹介されていたカズ姐さんの言葉です。
すごく共感したので読者登録しちゃいました。
人生、なんだって自分のために起こっているんだと考えれば、ネガティブ思考にならなくても済むと思います。ま、実際にそうなるためにはいくつかの壁があるんですけどね。
私はたっくんを育てているうちにいろんな出会いがあって人に助けられて、ずいぶん成長しました。障害がない子供だったら、今よりもっと辛かったんじゃないかなと思います
というのも、障害が分かるまでは私は子供に将来大変な思いをさせまいと思っていろいろと勉強させるつもりでした。英語もだし音楽(ピアノとか)もだし勉強もだし、まぁ子供の頃にやっておいた方が良いと言われているものいろいろ。
でも、子供には障害がなくても個性はあるし自我が出てくるし、親が思うとおりにやろうとしてもきっとうまくいかなくて、子供とぶつかって「なんで分かってくれないの!」なんて思っていたかも。
障害を持っていることが分かって、いろんなことを諦めました。というより、捨てました。英語できなくてもピアノできなくても、勉強できなくても、今は我が子がかわいくてしかたないです。それでいいじゃないかと思うようになりました。
もちろん、まだまだ話し言葉への希望までは捨てていません。話し言葉を獲得することは、きっと子供の人生を豊かにすると思うから。いや、もしかしたらこれだってなければないなりに人生の楽しさは見つかるのかもしれませんが。
ま、どう転んでも人生には自分のためになる経験しか転がっていないと思えば、何事もノープロブレム。毎日を丁寧に積み重ねていくことで、きっと結果はあとからついてくるでしょう。
ということで、今日も楽しく過ごしたいと思います。
100均、ダイソーさんの知育教材って安くて中身もそこそこ充実していて良いですよね~。
ABAを始めたころは、そういう市販の教材の類は全く使える気がしませんでしたが、今では有効に活用させていただいています。
たくさん買ってしまっています。
男の子バージョンと女の子バージョンがあります。
いろんな顔型に目鼻口を貼ります。顔型と言っても普通の顔だけじゃなく果物や動物、テレビ時計なども顔に見立ててシールを貼ります。
以前、テレビで木目などが顔に見えることがある人は社会性が高いということをやっていたので、こういう教材でいろんなものを顔に見立てるのは有効なのではと思ってます。どれくらい効果があるか分かりませんが。
今は目や鼻や口のシールを渡しても、適切な位置に貼り付けることができないため、あらかじめ私が鉛筆で目鼻口をざっくりと描いておき、そこに貼らせるようにしています。そのうち、そういうヒントがなくてもちゃんと貼れるようになることを目指しています。
↓こちらは「はるのだいすき」の中身です。
右側についている猫や車を太枠に添って切り、絵の中にのり付けします。
たっくんには貼るだけでなく、切るところもやってもらっています。
これ、私的にけっこう気に入っているので、2冊買っちゃいました。
後半に行くに連れて難易度が上がるのですが、前半の方は写真にあるように、1~2枚貼れば良いだけなので何度もやらせたくなるのです。
なんでもかんでも自分で教材を作るのは大変なことなので、こういう市販のものを使って楽しくお勉強できると良いですよね♪
広島の報告記事、6つ目です。
先生に「この子は自閉症だと思いますか?」と聞きました。
すると、「私は視知覚発達障害だと思いますよ」との返事がきました。
視知覚発達障害・・・初めて聞きました。
先生の話によると「自分の思っているところに視線をおくことができない」ということをおっしゃっていました。たっくんの場合で言えば、左脳がうまく機能していないことで右側にある静止しているものを意識して見ることができていない可能性があると言われました。
ただ、自閉症と視知覚発達障害は表れる症状は非常に似ているので、一般の病院で判断することはできないし、この子を自閉症だと診断したからと言ってそれが間違いだということでもありません。
まぁ、つまりは自閉症スペクトラムの中に入っているということじゃないのかなーと感じました。
このことを担当STさんにお話しすると、「視知覚認知に問題がある子は、例えばお絵かきをさせると紙の半分だけに絵を描いたりします。また、手本を見ながら写して描くような場合、半分しか写せないことがあります。視知覚認知がどうであるかを確認するためには、顔が動かないようにして左右が見えているかを確認する必要があります」とのことでした。
お絵かきについては、紙いっぱいにグルグル描くので問題ないように思います。写して描くことはまだ無理です。顔を動かさずに左右を見るなんてのもまだまだ無理です。
STさんとは、今のところ見え方に問題があるようにも思えない、という話しになりました。
私もこの点については、これまでもときどき気に掛けてみていたのですが、どちらかが見えていないような印象はありません。
先生は、例えば手話をやるときに子供の左側でやるともしかしたら気付いたり理解したりするのが早いかもしれないので試してみてほしい、と言われました。
あくまで脳の神経の走行から見た先生の診断ですので、これが絶対正しいということではなく、実際には見えているのか見えていないのかを確認した上で判断してほしいとのことでした。
見えていても(視力に問題がなくても)認知されないなんてことがあるんだなーと勉強になりました。今後、成長するにつれて何かがはっきりしてくるかもしれないので、これからも観察を続けたいと思います。
広島の報告記事、5つ目です。
たっくんは前庭眼反射がないと昨年10月に診てもらったときに言われました。
今回、その件について質問しました。
「10月に前庭眼反射がないと言っていましたが、今もないのでしょうか」
それに対して
「前庭眼反射は1歳6ヶ月くらいまでにできあがるものです。10月にないのであれば、今もないでしょう。後で診ますね」
あとで診ると言いながら、その後MRI検査のために眠らせてしまったので診てもらえず・・・。
そしてもう1つ質問しました。
「前庭眼反射がないと困る事ってなんですか?」
それに対しては
「スキューバダイビングが難しいですね。あと、スカイダイビングも」
・・・どっちもよほどやる気がある人じゃないとやりませんよね。ま、これが出来なくても困ることはないからいっかーという感じです。
でも、スキューバダイビングができないということは水泳も苦手なのかしら。昨年の夏、プールは少しずつ好きになってくれていたけれど、まだまだ泳ぐとはほど遠く、歩くだけでした。2歳児ってそんなもん?
全く泳げないといつか困るかもしれないので、どこかに練習させに行こうかなぁと思案しています。
俳優のオダギリジョー(39)と女優の香椎由宇(28)夫妻の次男が、絞扼性(こうやくせい)イレウスの..........≪続きを読む≫
オダギリジョーさんのお子さんが1歳9日で亡くなったというニュースを読みました。親としては本当に切ないことと思います。ついこの前まで元気だったのなら、なおさら気持ちの整理がつかないことでしょう。。。
ここからは私の世界観になるのですが、私は世の中のすべてのことに意味はあると思っているので、このお子さんがこんなに早く亡くなったことにもきっと意味があると思っています。
その証拠といいますか、このニュースを読んで私は我が子が障害があっても喋らなくても、それでも生きてくれていることに幸せを感じています。たっくんの将来を心配しながら毎日過ごせることが、どれだけ恵まれていることなのかを感じることができます。
亡くなった子が、私にそれを感じさせてくれているんです。
きっと、このニュースを読んで至る所でいろいろな思いを抱く人がいると思います。そして心が成長していきます。
子供が亡くなる、それ自体はとても悲痛で家族にとっては立ち直れないくらいショックなことなのだけど、そこから考えさせられる人がいて誰かの役に立っているんですよね。
そして魂が存在することを前提でお話しすれば、その子の魂はたくさんの人に考えるきっかけを与え、魂が磨かれる、そして次はもっと意味のあることをするために新たな命になるのだと思います。
人は死んだら終わり、そう考えていてはこの世のどんなことにも意味は見いだせないと考えています。次に繋がる何かがあるから意味になるのかな、そう思っています。
私は死に別れても、また出会えると信じています。
小さなお子さんとの別れは辛いものです。でも、いつか、いつか、いつかきっとまた出会えると信じてオダギリさんご夫婦も立ち直ってくれたらと願うばかりです。
そして、短い一生であってもたくさんのことを伝えてくれたお子さんの魂に感謝します。


