私の客室乗務員という仕事を意識しだしたのは養成校1年目の時の夏休みに短期留学した時でした。
(話が前後してしまいます
)
留学先で養成校の本格的なレッスンが始まる前に語学学校に入校しました。
その時に同じクラスだった日本人の子がエアラインスクールの生徒でした
(ちなみにその子は今某日系の会社の国際線を飛んでいます
)
そこで「客室乗務員って今からでもなれるんだ!!」と思いました。
そしてエアラインスクールという学校が存在するということを知りました。
そして帰国し、養成校を卒業して社会人とは言えないような社会人になりました。
当時20歳。
まだまだ子どものような私に当時のお世話係の上司は本当に苦労したと思います…
今だから言えますが、私は大学に行きたかったという本心がありました。
「2~3年働いてお金を貯めてまた大学に行こう」と決めていました。
そして1年間働いた時には100万円の貯金が出来ていました。
1年で100万円貯金できたので次第に「どこの大学に行こうか」と思い始めました。
この状態を維持できれば目標よりも早く大学に行けるかもしれない、と思いいろいろな学校の資料を請求し始めました。
専門学校や演劇の研究所など…大学に限らず様々な分野の学校を調べていました。
そして、ふと思い出したのは留学中に出会った友達の学校です。そのエアラインスクールを思い出して軽い気持ちで資料請求しました。
(話が前後してしまいます
)留学先で養成校の本格的なレッスンが始まる前に語学学校に入校しました。
その時に同じクラスだった日本人の子がエアラインスクールの生徒でした
(ちなみにその子は今某日系の会社の国際線を飛んでいます
)そこで「客室乗務員って今からでもなれるんだ!!」と思いました。
そしてエアラインスクールという学校が存在するということを知りました。
そして帰国し、養成校を卒業して社会人とは言えないような社会人になりました。
当時20歳。
まだまだ子どものような私に当時のお世話係の上司は本当に苦労したと思います…

今だから言えますが、私は大学に行きたかったという本心がありました。
「2~3年働いてお金を貯めてまた大学に行こう」と決めていました。
そして1年間働いた時には100万円の貯金が出来ていました。
1年で100万円貯金できたので次第に「どこの大学に行こうか」と思い始めました。
この状態を維持できれば目標よりも早く大学に行けるかもしれない、と思いいろいろな学校の資料を請求し始めました。
専門学校や演劇の研究所など…大学に限らず様々な分野の学校を調べていました。
そして、ふと思い出したのは留学中に出会った友達の学校です。そのエアラインスクールを思い出して軽い気持ちで資料請求しました。




ド金髪
の時代もありました
