紫苑の扉 -28ページ目

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

千春たちは沢田邸で思いがけない人物、ハウスの住人である川久保弁護士と再会する。川久保を心配していた姉妹は安堵するも、どういう理由で沢田邸に彼がいるのか疑問に思う。
沢田グループの会長である沢田隆之は、川久保弁護士の身に危険が及ぶことを懸念し、セキュリティーの整った自宅に呼び寄せたのだった。そして、沢田は身の安全を確保する代わりに沢田グループ内で起きているという問題を処理するように依頼する。
 自分たちが川久保を心配している事は一条も知っていたはずなのに、何故それを隠していたのだろうか・・・。
それにしても沢田グループでいったい何が起きているのだろうか・・・。一条にそのわけを聞いたところで答えるとは思えない。
 北山舞子の姿を見て千春は少し驚いた。彼女は正次と離別し、すでに沢田家の嫁ではないにもかかわらず、ここに滞在して沢田の世話をしている。それがどうしても引っかかってしまう。そして、正次と離婚しても沢田家と関わろうとしていることが理解できない。
姉である千夏と正次が恋人同士であったこと、結婚しても正次が千夏への思いを断ち切れずにいた事、それがどれだけ彼女を苦しめたかと考えると同情する。しかし、正直なところ彼女に対して千春はあまり良い感情を持っていなかった。
千秋も同じように彼女を犬猿しているとばかり思い込んでいた。だが、千秋は彼女をすでに受け入れているようだ。それに彼女は以前の刺々しさが和らいだような気がする。これから少しずつお互いにわだかまりを解いていけるかもしれない。

正次の勤めていた城山出版のロゴ入りの封筒を前にして千春は考え込む。この封筒には小説家である福山千夏の原稿が入っていた。編集者としての役割を誠実に果たした細かな正次のチェックの後がある。
正次は自分の身に危険が及ぶかもしれないと予期していたのだろうか・・・。事実彼は殺された。それも千夏の仕事場で彼は殺されたのだ。
正次は千夏の原稿を一旦は手元に置き、何かあった時の為に自分の代わりに返してほしいと舞子にこの原稿を託していた。何故に彼女だったのか・・・。
正次がどういう理由で舞子に預けたのかは分からないが、彼女は彼との約束を守ったのだ。しかし、舞子がこの原稿を持っていたと知ったら姉はどう思うだろうか。

 二日後、千夏は何食わぬ顔で戻ってきた。
「まったく、黙っていくなんてどういうつもりよ」千春は攻め立てるように言った。
「あら、書置きがあったでしょう?それに私が取材の為に出かけるのはしょっちゅうじゃない。驚く事でもないでしょう」
 まったくのんきな・・・と二人の妹は思っているが、文句を言ったところで仕方がないこと・・・。千夏は自分がいない間に何が起きたかまったく知らないのだ。とは言うものの、文句の一つも言いたいところである。
「ええ、珍しくもないわね」千秋はしょうがないわねと思いつつ首を竦める。
「いつもは私がふらりといなくなっても別に何も言わないじゃない」千夏は二人がいつもと違うので戸惑っている。
「いつもならね。でも、今回はそうは言っていられないわ」千秋は真剣な表情を浮かべる。
「何?二人とも怖い顔して・・・」
「私たちは沢田会長に呼び出されて、三人で一緒に会長宅へ行く事になっていたのよ」
「会長に?何故それを早く言わないの」
「お姉さんが仕事している時は声を掛けても無駄だってことは、私たちはよく知っているから遠慮して伝えなかったのよ」
 なるほど、確かにその通りだ。妹たちは私のことを良く分かっているはずよね。千夏はちょっと後ろめたい。それを隠すように咳払いをする。
「それで、何故に呼び出されたの?」
「会長宅で思わぬ人と会ったわ・・・」
「誰?」
 千春は姿を消していた川久保が沢田の元に滞在していたことを伝え。そして彼が滞在する事になった経緯を話す。千夏は川久保の無事を聞き安堵するも、彼が会長宅に滞在しているという事実に複雑な思いを抱くのだった。
沢田会長も沢田グループ内で何かが起きているということに気付いていた。ここで起きたすべて事件が、何かの形で結びついているかもしれないという思いが千夏の中で膨らんでくるのだ。
「会長は元気だった?」千夏は千秋の方を見て言った。
「ええ、舞子さんがついているから大丈夫よ」
「え?」千夏は驚いて目を丸くする。
「彼女も会長宅にいるのよ。少し前まで会長が体調悪くて、彼女がお世話をしていたらしいわ・・・」
「彼女の息子も一緒で、川久保さんに良くなついているわ。会長はちょっとだけ拗ねてたわね」千秋は笑いを滲ませながら言った。
「そうなの?まあ、会長にとっては目にいれても痛くないほど可愛い孫ですものね。拗ねるのも分かる気がするわ」
千夏は強張った笑みを浮かべていた。それを見ると千秋は胸が痛んでくるのだった。これから自分がしなければならないことを思うと気が重かった。だが、いつまでも引き伸ばす事はできないのだ。
 千秋は覚悟を決め、舞子から預かった原稿の入った封筒を、テーブルの上に置くと千夏の方に差し出す。千夏は封筒を見て怪訝そうな顔をする。
「それは、城山出版の封筒じゃない」
「舞子さんから預かってきたのよ。彼女は正次さんから受け取ったものだそうよ。自分に何かあったらこれをお姉さんに渡してほしいと頼まれたと彼女は言っていた。それと、正次さんは彼女にも読んで貰いたいと言っていたそうよ」
「どういうこと?」
「見れば分かるはずよ」
 千夏は躊躇いながらも封筒を手にとる。封筒から原稿を取り出すと千夏は顔を強張らせた。
「何故、何故なの?どうして彼女にこれを?」
「それは分からない。でも、正次さんはそうするべきだと考えていたからじゃないかしら・・・。何らかの理由があってのことだと思う」
 千夏は千秋の言葉に肩を落とし、しばしの沈黙の後に上を向いて溜息を吐く。
「どおりでないはずよね。正次さんのマンションにも、沢田邸の彼の部屋にも、城山出版にもなかったもの・・・。なんでだろう・・・。彼のことが分からなくなってくる。彼のこと分かっているつもりだった。でも、何も分かってなかったのかな・・・」
 千夏はずっとこの原稿を探していたのだ。それがこんな形で戻ってくるとは思いもよらなかった。
 二人の妹たちは姉の姿が痛々しくて目を逸らすと、千夏は思わずおかしさが込み上げ笑い声を上げた。千夏の笑い声に二人は驚いて目を見合わせる。
「すっぱりと別れた男の元妻に嫉妬してどうすんだろう。それに彼ほど私の性格を分かっている人が他にいるかしら・・・。急いては事を仕損じるってか~。策略家ってこと忘れてたわ・・・。本当に、あなたって、小説家の私を誰よりも理解してくれてたのね」
「お姉さん?」
「ごめんごめん、驚かせて悪かったわ」
 千夏は原稿を開きぺらぺらとページを捲る。原稿には正次の赤線がいたるところに引かれ、チェックの後が幾つもあった。言葉が添えられ、厳しい批判の文字が・・・。それは容赦ないものだった。
 正次は思いもよらない形でこの原稿と千夏を守ろうとしていた。いや、それどころか千春や千秋を守る為でもあったのだ。舞子に預けたもの千夏の性格を熟知した正次ならのこと・・・。しかし、この封筒を舞子に預けた理由と意図が、これだけではないことに千夏たちは気付いていなかったのである。










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