sullivan0のブログ

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Harry Stack Sullivan


私は10年ほど、著作を、中井久夫氏の訳本、主な原書で読んだ。

今、61歳となった。

私は4人兄弟だが、私が8歳、弟は、6歳、4歳、0歳だった。
両親の不和により、私たち、上の3人は父方の祖父母に預けられ、0歳の弟は養子によそへやられた。
私たち3人は高校卒業まで、祖父母の元で育てられた。

8歳の時、全く躾をされていないと祖父母に言われ、箸の持ち方から教えられた。
手がかかったようで、8歳の時、おじいさんに「日野病院に入院だぞ。一生、出てこれん」と脅され、私は日野病院とは怖いところだと思った。
このときを境に、風当たりは緩やかになった。

子供に言うことを聞かせるのに、日野病院という言葉を地域の人は習慣的に使っていたのだろうと思う。
風当たりが緩やかになったということは、祖父母が本気でそう思ったということである。

その頃、2-3日間だと思うが、学校かどこかからの帰り道で、何度も同じ言葉が強迫的に頭の中で繰り返していた。
その言葉は何とかは赤いとか、チックタックとか、そんな言葉の繰り返しだった。
その言葉がどうして耳にまとわりつくのか、しつこく繰り返すのか、わからなかった。
その間は、なぜか異常に楽しい気分を味わっていたという経験を持っている。

似たようなことについては、筑波大学名誉教授遠藤誉氏の「チャーズ」に、幼少時、自ら経験されたその精神病的な描写が非常に詳しく描かれている。


分裂病について、Sullivanが書いたことについて、いつも思っていることを書いてみる。

どうしてsullivanに興味を持っているのか、それは、sullivanの著作が、いつも私の耳に心地よかったからである。

sullivanのことを徹底的に知りたかったからである。

freudとか、他の有名な著作は、そういうことはない。

読んでいて、ばかばかしいとか、読むこと自体が苦痛であった。

sullivanがほとんどの人に難解であると言われるのは、sullivanと同じような経験をしていないからである。

sullivanを最初に理解できない人は、一生かかっても理解できないだろう。

字句だけにとらわれることなく、行間の意味を読まなければならない。

読書が楽しいとは、行間を読もうとするときである。
作者は本当はこういうことを言いたいのだが、曰く、言いがたし、でも、それは、行間ににじみ出てくる、それを読もうとするときが楽しい。

sullivanは自身に対しても、患者に対しても実証的な人である。
患者も自分もよくなれば、そのやり方は正しいと考えた。

freudの意識、前意識、無意識を発見したこと、生物学的心理学を学んだ。


sullivanは言う。

分裂病の本質は緊張病にあり。
それ以外の時期は分裂病の本質ではない。

治癒力のある緊張病の時期に本人を適切に正しい方向に導いてやることがその人の予後を決める。

緊張病とは発病の初期に出る、興奮し、自らを治そうと努力する時期である。

人間は本来、生まれながらの治癒力を持っている。
その治癒力はこの時期に現れる。

schizophrenia as a human process

という題名の論文を最初に書いたが、その題名はそういう意味を伝えたいがためである。

分裂病とは不治の病と思われているが、そうではない。

自己を治そうと努力する積極的な意味を持つ時期である。

整形外科、皮膚科など、医学のすべての領域に渡って、初期の適切な治療が予後を決める。
分裂病だって同じである。

その時期に、患者が助けられたと思える治療者に会えるかどうか、それが予後を決める。

sullivanほど病者に優しい精神科医はいない。
その優しさに導かれて、病者は治癒へと向かう。


「sullivanの生涯」には親友がいて、その親友も精神科医になった。
sullivanはこれをchumと呼んだ。
思春期の発達時期にはこのchumが非常に大切な働きをするとsullivanは言う。

そのときsullivanはhomosexualな関わりがあったのではないかと私は思う。
sullivan自身、同性の患者と2人でいると、(体に触れるとかの)衝動を抑えるのに苦労する、もう一人の同性の看護師に同伴してもらっていると助かると書いている。
異性愛の医師ではこれが若い女性患者に向く。
freudは治療の中で、女性患者とsexさえしたという話を聞いた。
さもありなんと思う。
そうまでして治療するというところがfreudの偉いところでもある。

sullivanは高校生か中学生のとき、緊張病を発病した。
sullivanは精神病院に入院した。
sullivanは非常に活発な緊張病者だった。
入院時のカルテを探した人がいたが、どこにもみつからなかった。
sullivanが精神科医をやっていくうえで邪魔になるので、焼却したのだろう。



分裂病は100人に一人、発病する。

私の学生時代の経験だが、国立大学の医学部へ来る学生でも、100人に1人の割合ではないかと思う。

いつの間にか、クラスから一人いなくなった。

いつの間にかということはその人の存在感がなかったということでもある。

クラスからいなくなったとは、世間にはもう出てこれない重い病気であるということである。

国立大学の医学部へ入学してから発病ということは、知能の高さとは関係がないということである。


追記

妄想型はその時期が終わった、ほぼ不治の状態である。
破瓜型は妄想さえ持ち続け得ない、気力、意志の減退した状態である。
これが早発性痴呆である。
分裂病の怖さは、妄想型、破瓜型である。