私の思いを伝えたくて。
ゆっくりと頭を揺らす。部屋に響くのはパソコンの騒々しいファンの音と、マウスのクリック音。
時々椅子がきしみ、小さな呼吸のひとつでも聞こえてくる。
狭いワンルーム。
私が始めてした恋は、近くて遠いこの距離の中だけで生きてる。
*
「ユウト、お風呂先にもらうよー」
「あんまりシャワー使いすぎないようにね」
「わかってますよー」
小さなことでも、彼と共有できることが嬉しくて。
彼がしていることのまねや後追いを重ねて、今の私がいる。
気温の低さを肌で感じながら、浴室に入いり、少なめに張られたお湯に少し手をくぐらせて、温度を確かめた。
ずっとパソコンを触っているとどうしても手先だとか足先だとかが冷えてくる。
刺すような痛みにも似たそれを感じながら、さらに手をくぐらすと、じんわりと暖かさが腕をのぼってきた。
「さむ……」
いくら腕が温かくなろうとも寒いものは寒い。
かけ湯を簡単に済ませ、足からゆっくりと湯船に浸かる。
「あつ、つつつ……」
声が漏れる。足先からしびれるような感覚に襲われるが、その後に全身を包む暖かな感覚が心地いい。
「はぁ……」
不意に大きなため息がするりと口から出て行く。
凝り固まった罪悪感が胸の深いところにあるせいだ。
高校生のころ、ユウトからの誘いを黙って無視した。
もちろん翌日に謝りに行って、うそででっち上げた理由を並べた。
私の要領を得ない釈明を、彼は微笑みながら受け入れてくれたのだ。
それどころかこうして私と仕事がしたいと、共に道を歩んでくれている。
「こんな私と……」
天井に出来た水滴がひとつ、湯船に落ちる。
あの時の私は、怖かったんだ。彼に思いを打ち明けられるのが。
その思いを知ってなお、私はどうなってしまうのか。私世いう人間は大きく変わってしまうんじゃないか。
恐ろしくて、仕方が無かった。
だから逃げた、卑怯にも逃げて、嘘までついて彼の好意に甘えている。
とても情けない気持ちでいっぱいだった。
なのに。
「私は、今その罪悪感すらも……」
「どうしたー何かやらかしたのかー」
間のぬけた声が風呂の扉越しに聞こえた。
「なんでもないわよ!」
「あんまり大きな声出すなよ、近所迷惑でしょうが」
「あ、ごめん……」
それを聞くとユウトは浴室の向かいのトイレに入っていった。
もともと一人用の部屋に、無理を言って二人で住んでいる。このくらいのアクシデントは日常茶飯事、気にしていたらキリがない。
(せめて隣の部屋が空いたらそっちに移動するべきかな)
ほんの少しの逡巡は、すぐに霧散する。
そんなことをしたら、彼と同じ部屋にいられなくなる。それは嫌だ。
素直になる気も無いくせに、心の中だけは嘘をつけない。
いつもは適当な理由がすぐに浮かぶのに、今はそれが出来なかった。
トイレの水の流れる音がして、ノックの音がする。
「まだ出てないから大丈夫!」
そういうとユウトはトイレから出てきて、何事も無いように部屋へと戻っていく。
当たり前だ、私と彼はただの仕事仲間なのだから。
「さっさと出て、代わってやりますかね」
さっと湯船を出て、最低限髪と体を洗って浴室を出る。
洗濯機の上に張られたツッパリ棒の上に置かれた二つのかごの右側。ピンク色のそれからバスタオルを出して体を拭きあげた。
下着とパジャマを身につけ、部屋へと戻る。
不意に部屋へとつながる扉のノブを握って立ち止まった。
(ここから先は、いつもどおり。変に思われないように。うん)
自分に言い聞かせて、いつものとおり、それを心がけて。
扉を開けた。
fin
