日々のおぼえ(本のこととか)

日々のおぼえ(本のこととか)

読んだ本を中心に、備忘録として。

Amebaでブログを始めよう!

主人公の20歳になる女性、ホリー・ゴライトリーが、自分の出自について語る場面での喩え話が、殊の外印象深く、いつまでも余韻が残った。哀しくて切ない、そして、どうしようもないこの世界の現実として。


たとえば、とてもかわいくて、とても魅力的で、どうにかして手元においておきたい、一緒に暮らしたいと思う野生動物がいるとする。でも、こちらがどんなに心を込めて手をのばしても、一瞬心が通じたように思えたとしても、いずれ野生動物は、それが本来いるべき場所へと戻って行く。それが鳥なら大空へ。


ホリー・ゴライトリーには、そのことがはっきりとわかっていた。そしてなおかつ、

「空を見上げている方が、空の上で暮らすよりはずっといいのよ。」とさえ言う。わたしを手に入れられないあなたの辛さよりも、過酷な空を生きていくしか選べないわたしのほうが辛いのだと。


美しくてとても賢くて自由奔放でミステリアスなホリーを好きにならずにはいられない人は大勢いる。語り手の小説家志望の男性もそうだし、彼らの行きつけのバーの店主もそうだし、いつもホリーをどなり倒している日本人のユニオシさんも、実は彼女の魅力にやられている一人だ。


愛してやまない存在の、無事と平穏を祈るしかないやるせなさ。

とても切ない物語だ。


少数派、それも、一般にあまり知られていないような少数派の人たちについて、こんなにも深く寄り添った物語があったのかと感動した。 


恋愛ではなく、友情でもない。それなのに、自分の生存にかけがえのないものとして、どうしてもお互いを必要とする。そんな人間関係があったのかと驚いた。

どちらかというと、その関係は、友情に近い気もするが、離れていても大丈夫な友情とはちょっと違って、共に暮らしていく必要があるのだ。

主人公の女性、更紗は、そんな二人の関係を、「聖域」と呼ぶ。


自分の価値基準で相手を思いやっても、その善意は的外れで、なんの救いにもならないときがあるということ。そういう現実が存在するんだということを忘れないようにしようと思う。


人を理解するということがどんなに難しいことかを、ひりひりと思い知らされる物語だ。でも、読んで良かった。であえて本当に良かった。

高1、15歳の少女マヤが、「きみ」に向けて語るという形式で、この物語は進んでゆく。「きみ」とは一体誰なのか、最後の最後に明かされる。そして、それがわかったとき、少し涙が出た。

マヤのお父さんは、マヤがまだ3歳の頃に病気で亡くなり、その後、マヤの母であるミユキさんが、保育士をしながら孤軍奮闘して、マヤを育てていく。そんな中、ミユキさんは、ボランティア活動をきっかけに知り合ったスリランカ人の男性クマさんと親しくなり、時間をかけてマヤと3人で信頼関係を深め、やがて人生を共に生きていきたいと願うようになる。

それなのに、日本には、とんでもなく大きな障害が存在していた、という話が展開されていく。

その障害とは、入管問題で、この物語の中では、もう信じがたいような人権蹂躙がクマさんに行われる。


外国人と接することなく暮らしていると、日本は何て住みよい国だろうくらいにしか思ってこなかった。でも、日本に来て、日本で生きていくことを選んだ外国人にとっては、一歩間違って入管に収容されようものなら、恐ろしい現実が待ち受けるということを知った。


今まで自分が全く知らなかった世界で、日本の悪制度により、心底苦しむ外国人がいるということ。

自分の無知がとても恥ずかしい。


この小説は、朝ドラとはいかないまでも、ドラマ化して、ぜひとも多くの人に知ってほしいと思う。そうすれば、悪制度に、世論として外側から圧力をかけていけるかもしれないから。