スッキリ片づけブログ

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お部屋と脳内を整理・断捨離中の人のブログ。
断捨離中に気付いた、お片付けに役に立ちそうな情報を更新していきます。

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5つの記事に渡って、長々と

hontoサイト申し込みの「宅本便」レポートをお届けしましたが、

今回は、その1つ前のステップ「取捨選択」についての

私の体験談をお届けします。

 

 

本を断捨離するにあたって、

「この本、要る?要らない?」

と、自分に問いかけるより

「この本を、また時間をかけて読みたい?」

と問いかける方が、私にとっては答えを導き出しやすかったです。

 

そして、読みたいと思った本のときにはさらに

「手元に置いておいて、すぐに読みたいもの?」

「これって何度も開く、私のバイブル?」

と自問を続けました。

 

差別的な表現があるため、現在出版されているものでは

その部分がカットされている作品。

 

そのような本以外は、なんらかの方法で再び読むことが出来るはず。

絶版本であっても図書館には置いてあることもあります。

時間をかけてまた読みたいと思える本ならば、

図書館に行く手間だって惜しくないはず。

そう考えて、処分していきました。

 

 

ただ、思った以上に私が執着していて処分をためらう本がありました。

 

数年前に挑戦して、合格できなかった資格試験のテキスト類です。

1度は諦めましたが「また挑戦するかも?」と、とっておいたのです。

 

テキストを開いてみると、そこには書き込みや印があり

頑張っていた過去の自分の姿がありました。

 

そして、気付きました。

 

再び挑戦したいというより、頑張ったけど結果を残せなかった自分を

捨てたくない気持ちの方が、今では強くなっていたのかもしれません。

 

「頑張った自分」を捨てられない自分。

それは「弱い人間」でも「駄目な人間」でもありません。

人間ならば自然なことです。

 

頑張ったけど結果を残せなかった自分も、

それを捨てられなかった自分も

全てを否定することなく受け入れました。

 

そして、日を改めて再び自分に問いかけました。

 

「またこの資格、挑戦したい?このテキスト類どうする?」

 

それに対しての私の答えはこうでした。

 

また挑戦したい気持ちは、ある。

でも、今は挑戦したいことが別にあるから、

再び挑戦することがあったとしても数年後。

その時には最新のテキストで勉強した方がいいよね。

過去問題集だけ残して、テキストたちは処分しよう。