更新がないにも関わらず、ご覧いただいている方にはなんとお礼を申し上げたらよいかわかりません。

 

少々心のバランスを崩しております。

しばしブログは休養しようと思っております。(既に休んでいるのですが)

 

皆様の健康と穏やかな生活を心よりお祈りしております。

 

 

 

昨日は土用の丑の日。

 

夫の生前は、ほとんど一緒に鰻を食べていた。

外に食べに行ったことは丑の日にはなくて、近所の持ち帰り専門の鰻屋さんが夫はお気に入り。

そこで串を買って、白米をいつもより美味しく炊けるよう努力して炊き、少しいい漬物を買い、肝吸いがあれば肝吸い、なければ簡単なお吸い物を作り、一緒に食べた。

 

夫は下戸だったからか、食べる事が好きで(決してグルメではない)、食べ手としてはかなり一流(作り手を喜ばす)だったんじゃないかな、と思う。

だからか、一緒にあれを食べた、これを食べた、という思い出がとても多く、特にこういう毎年の「習慣」になっていた食べ物を、今ひとりで口にするのは辛い。

 

昨日は夫の分も串を買い(鰻は大分高くなりましたが、こんな時くらい)、仏前に備え、私もまたひとりでいただいた。

 

もっともっと、いろんなものを一緒に食べたかったなあ。

 

夫がいなくなって、食材を余らせがちなので、クックパッドなどで検索して「あ、この食材にこんな食べ方が」なんていう発見もあるのだが、そんな時も、これを食べさせてあげられなかった事を悲しんでしまう。

夫が知らない料理を増やす事もなんだか辛い。

 

そして、私がもっともっと食事に気を使っていたら、という後悔も未だに消えない。

 

もっと生きて、もっと美味しいものを食べたかっただろう夫。

なんの償いもできないが、私も毎日ひとりで味気ないご飯を食べているよ。

それでおあいこにしてくれる?

 

今日も蒸し暑い日曜。夫と一緒だったら、お昼は何にしただろうか。冷たいおろし蕎麦?作るの面倒だから、パン屋さん行く?

 

写真の夫に心で話しかけながら、今日も1日が過ぎて行く。

 

 

 

SNSでもかなり拡散されていたし、犯人は逮捕されたので、ご存じの方も多いだろう。

 

大変に気分の悪い事件、「お悔み詐欺」と呼ばれていた。

 

「お悔み欄を見てご主人が亡くなった事を知った。私は貸倉庫業をやっているが、違法なDVDを預かっている。ご主人の不名誉な事をばらされたくなく、警察沙汰にしたくなければ、金を振り込め」という手紙が喪主様の元に届いたというもの。

地方の新聞などでは、特に著名人という訳ではない方でも、住所や喪主の名前付きで、お悔み欄に載せる事があるという。

 

詐欺ではないが、新聞のお悔み欄を見て、葬儀場やご自宅に「香典泥棒」が入ったというのは、昔からあった事なのだろう。形は違えど、人の不幸を利用しようとする人はいる。

でも、なんだかこういうやり方ってなあ・・・誤解を恐れずに言うと、自分もリスクを負って泥棒に入る、というのは、もちろん許せないが、まだ可愛げのあるものなのかもしれないと思ってしまう。

 

違法DVDだのなんだのというところが時代を感じるが、文章はとても稚拙なもので、冷静な人がいれば、これはおかしい、とすぐに判断できる。

実際警察に届けた、という方も、ある程度の年齢のご子息だったし、事なきを得て良かったが、たとえ実際に被害にあわなくても、家族を亡くした後、こんな手紙が来る、というだけで、特に女性だったら恐怖を感じるし、気分は大変に悪いだろう。

 

以前このブログにも書いたが、私は自宅を夫の名義から自分の名義に変えた後、不動産会社から、「法務局で閲覧して、不動産相続を受けた人に売却をお勧めしている」云々という手紙が来て、驚いた事がある。

なんの関係もない人が、登記簿謄本を閲覧できる、というのも驚いた。私が世間知らずなのかもしれないが、家族を亡くした人でなければなかなか知らない事だろう。

その不動産会社は、「数うちゃ当たる」なんだろうが、見知らぬ人が夫が亡くなった事を知っていて、不動産を相続した事を知っている。その事がとても恐ろしかった。

 

近しい家族を喪った者は、悲しみだけではなく、葬儀やたくさんの手続きに、本当に心身が擦り切れる。

冷静な判断ができない時もある。

 

詐欺と分かっても、こんな事に心をざわつかせたくない。

 

私は夫が亡くなってから、明らかにスパムとわかるメールにも怯えるようになった。

先日など、本当に携帯会社からのメールだったのにスパムでは?と怯え、携帯会社まで出向いてしまったアナログなおばさんである。

 

逮捕された犯人は私と同年代で、表情からは反省の色は感じられなかった。

 

ご年配の方や未亡人、を騙す。人の不幸を利用する。

 

そんな事件がひとつでもなくなるといい。

 

でも、絶える事はないだろう。これからも辛いけれど気を引き締めて生きなければ。