スケキヨが往く
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ファミリー

感動して思わず泣いてしまう映画は皆さんそれぞれ思い浮かぶ映画がいくつかあるだろう…。ET、チャンプ、ニューシネマパラダイス等々…。確かに一般的に「泣ける映画」と言われているものには私も泣ける。しかしである。私はこれまでにこの映画ほど泣いてしまったものは他に無い。この映画を観ると、私の涙腺は壊れた蛇口ようにとどまることの無い涙を大放出するのである。その超感動、比類なき名作が1983年製作のアメリカ映画「ファミリー」である。どれだけこの映画が泣けるかは、この宣伝文句からもわかる。「ハンカチを2枚用意してください」。いやこの映画ハンカチ2枚では足りない。ハンカチなら吸収性の良いタオル地のもので3枚、ティッシュなら丸ごと1箱が必要である。私は、年末の休みの深夜遅くツタヤからレンタルしたこの映画のビデオをそっとデッキに差し込む。部屋には私以外誰もいない。当然である。男の涙は人に見せてはいけないのだ。映画の序盤は、貧しいながら笑い声の絶えないアメリカの家庭「フレイ家」の様子が描かれる。働き者のお母さん、腕はいいのに持病の痛風のため満足に働けず酒浸りのお父さん、率先してお母さんの家事を助ける長女を筆頭に10人の愛くるしい子供たち。もうこの家庭環境に私はティッシュ1枚を抜いてしまう。やはり泣ける映画の家庭はこうでなくてはいけないのだ。貧しさ→子供→笑い声→苦難→絆→希望→感動という超スパイラルが感動を呼ぶのだ。それは、戦後間もない貧しい日本の労働者階級の若者の愛と青春を描いた吉永小百合さんの主演映画でもわかることである。そして、映画はほどなくして「お母さんの癌が判明し、余命数ヶ月の告知を受ける」という展開を迎える。酒浸りのお父さんを責めることなく、母親としてまた一家の大黒柱としてフレイ家を支えてきたお母さんが癌…私はこの事実にまたティッシュを2~3枚抜いてしまう。通常のパターンであると、その後お母さんが入院→家族が看病→お母さんの死→泣く、という展開になるはずなのだが、なんとこの後お母さんは自分の死後子供たちの面倒をみてくれる里親探しに出掛けるのだ。酒に逃げるお父さんにはまかせてはおけないという理由からである。そしてお母さんは10人それぞれの里親を見つけるべく奮闘する。自分の病気のことより子供達の将来を気にかける…そんなお母さんのひたむきな姿に映画の中盤はティッシュが手放せない。なかなか里親が見つからず最後に残ったてんかん持ちの男の子に里親が見つかったときは、私の鼻水と涙でグショグショの顔面を拭うため、ティッシュを連続して抜いている。そして映画はいよいよクライマックス、無事里親を見つけて永久の眠りについたお母さんの葬式のシーンである。お母さんの葬式に出席するため、それぞれの里親にもらわれて離れ離れになった子供達が集まってくるのだ。引き離された子供達がお母さんの葬儀の場で再会を果たす…あぁー本来なら仲良く一緒に暮らせたものを…しかし救いはどの子の里親もみんな本当の我が子のように可愛がってくれている…私の手は猛スピードでティッシュを抜き、洪水のごとく流れ落ちる涙と鼻水を拭っている。もしこの場に自分の母親がいたら、思わず「おかあさーん」と胸に飛び込んでしまうはずである。もう充分泣いた、勘弁してくれと言いたいところであるが、そうはいかないのがこの映画の凄さである。な、な、なんと、この葬儀を離れた丘の上からお父さんがそっと見ていて、一人で涙しているのである。自分が不甲斐ないために子供が離れ離れになった…そんな自分が今さら子供達の前には出て行けない…自分の妻の冥福と子供達の幸せを祈って、一人丘の上で立たずむお父さん。もうだめだ、涙で画面が見えない。ティッシュを狂ったように引き抜く。お父さん、あなたの気持ちは良くわかる…あとで二人で「さくら水産」で飲もう…焼酎のお湯割りと魚肉ソーセージで朝まで語ろうじゃないか…。最後のエンドロールでこの物語が実話と知る。そして、私は新しいティッシュの箱を開けるのであった。

思いっきり泣きたい!

昨夜遅く家に帰ると、家の者がTVでビデオに録っておいた「30人31脚全国大会2005」を観ていた。私はこういった「触れ合い、感動系番組」が大嫌いである。泣かせよう、感動させようと制作しているTV局側の思惑が鼻につくからである。しかしだ、世の中にはこうした番組が非常に好きな人が多いらしい。家の者は、敗れて泣いている子供達の姿を見て、一緒になって目をウルウルさせている。そして番組の後半に、これまでべらんめぇ調で子供を厳しく指導してきた近所のオバサンが敗れた子供達に向かって「みんなどうもありがとう、ほんとうは全国大会に連れてきてくれて、感謝していたんだよ」と、感謝の言葉を述べるシーンが訪れた。番組最大のクライマックスシーンである。TV局としてはここで泣いてもらわないといけない。感動的なバックグラウンドミュージックも流れ出し、スタジオのゲストも泣いている。視聴率はここできっと20%はゆうに超えているだろう。家の者ももう大変な騒ぎである。大粒の涙を惜しげもなく流しながら、声をあげて泣いている。そこで私が一言、「えっ、何で泣いてんの?」。これがいけなかった。余計なことを言って、その後ひどい目に遭い、何度後悔したことだろう。「だから、あなたは人の気持ちがわからないっていうのよ。あなたには純粋さがないのよ~。この子供達の涙をみて何も感じないの~」。また始まった。いつものやりとりである。私はもうこの会話には辟易しているので、黙っていた。そしておとなしくその部屋から退散しようとすると、「いつもそうやって逃げる。純粋に感動できない人間って最低!」とまで言われてしまった。私は純粋に感動もできない最低な人間なのだろうか。いや、そんなことはない。私も感動はするし、涙も流す。ただ、いかにも泣かせましょう、笑わせましょうとミエミエの安っぽい演出によって作られたものが嫌いなだけなのだ。世の中の酸いも甘いも経験した大人がそんな安っぽい演出に泣けるか、と言いたい所をグッとこらえて私は退散したのであった。人が見えないところでそっと涙を流す・・・それが大人の男というものなのだ。そんな男の中の男である私が毎年年末に観て、男泣きする映画がある。それは、また明日。

殿下

 今日の通勤途中で目にした電車の車内広告に気になる記事の見出しがあった。「皇太子ご夫妻への風当たり」と題されたその見出しによると、またいろいろと皇太子/雅子様の行動や発言が宮内庁関係者をはじめとする関係各所に波紋をおこしているらしい・・・。実は、私は皇室ハプニングにはぜんぜん興味は無いのだが、皇太子様に関しては別である。なぜなら、皇太子様と私には運命の出会いがあり(覚えているのは私だけで、皇太子様はとっくの昔にお忘れになっていると思うが)、浅からぬ因縁があるのだ。遡ることウン十年前、大学に入学した18歳の私は、新入生全員に課せられる体力測定の受けるため、大学内の校庭でその時を待っていた。最初は50メートル走であった。私は自信満々であった。何を隠そう、私は中学、高校と陸上部に所属し、「走る弾丸」とまで言われた男だったのだ。高校3年でエレキギターに狂い、体育会系から超文科系に移行したとはいえ、中学で高尾山の山登りマラソンまで制覇した私にとって50メートル走など汗ひとつかかない片足ケンケンでも一番を取れる競技だったのだ。「第4コース●●くーん」、担当の先生が私の名を呼んだ。いよいよである。私の走りっぷりに皆度肝を抜かすことだろう、と私はいかに目だって勝つかということばかり考えていた。すると、「第5コース、殿下」と先生がコールするではないか。でんか?なんだでんかというものは・・・。私は恐る恐る隣を見た。そこには麗しき現皇太子様が立っていたのであった。私は驚くと同時に内心ほくそ笑んだ。「殿下に勝つなんて皆に自慢できるもんねー」。そうである、私は走る弾丸なのである、陸上に青春の一部を捧げたのだ、負けるはずが無い。バーンっと、けたたましくスタートの合図が鳴った。私は弾丸のように飛び出し、カモシカのように走った。これまでは私の前に走るものなどいなかったので、人の背中が見えることなどなかった。しかしである。な、な、なんと、殿下が走る弾丸の私の前を颯爽と走っているではないか。私は加速した。カモシカではもはや駄目で、私は走るピューマになったはずなのだが、殿下は悠然とゴールラインを私より速く駆け抜けていったのである。私の人生に土をつけた殿下、軋轢に負けず頑張って雅子様を守ってあげてください。

本当の愛を教えてくれる映画

唐突であるが、本当の愛とは何なんだろうか・・・と、考えたことがあるだろうか?? また、恋愛と結婚は同じなのだろうか?それとも・・・。何で、こんな問い掛けをしたかというと、昨晩久々に映画「ポンヌフの恋人」をビデオで観たからである。私は多感な十代の後半からずっとこの命題の答えを長い間探してきた。あまりにも難しい命題のため答えを出す前に結婚してしまったし、あれもしたし、これもしてしまった。しかし、私はこの「ポンヌフの恋人」を観て、ついにその答えを知ったのだ~。当初この映画が日本で単館ロードショーとして公開された時、多くの若い女性が詰め掛け、異例のヒットをした・・・と私は聞きつけ、「なんだ、また男と女が運命の出会いとやらをして、あれこれありながらも、めでたくゴールインする映画だろ」と馬鹿にしていたのである。なんという馬鹿、バカ、バカ・・・、私は馬鹿だった。この映画こそ私の求めていた答えだったのにぃー。この映画は、浮浪者同士の愛を描いている。ハイ、もうこのシチュエーションで私の涙腺は緩みっぱなしである。積年の命題は正にこのシチュエーションだけで答えが出たようなものである。浮浪者の愛こそ正に本当の愛そのものではないか。浮浪者は物質的に何も与えることができない、きれいな指輪もおしゃれなレストランもシティホテルとも無縁である。そもそもそうでなかったら浮浪者になぞならない。浮浪者同士の愛とはつまり、物質的な見返りを求めない「ただ自分の気持ちを言葉や態度でのみ伝える」愛なのである。これを「本当の愛」といわずして何と言おう。マザーテレサも思わず「参った」とおっしゃるだろう。そう考えると、この世に本当の愛なんて存在するのだろうか?私は「無い」と考える。だって、全く打算無き愛などというものは、存在しようがないと思うからである。しかし、私のスケキヨに対する愛は本当の愛ではないのだろうか??そんなこんなを考えだすとまた眠れなくなるのである。本当の愛がこの世に無く、芸術の世界にのみそんざいするものならば、私はまた、あれもして、これもしてやろうと不埒な妄想に取り付かれてしまうのである。

白い色は恋人の色

先日にヤフオクで落札したベッツイ&クリスの「白い色は恋人の色」のシングルレコードが我が家に届いた。この曲は北山修/作詞、加藤和彦/作曲の1969年のヒット曲であり、この時代を知っている人は誰もが一度は聴いたことがあるであろう。この曲が巷の名曲以上の超名曲とも言うべき至高の存在にしている理由は、その潔癖さである。メロディや歌詞がいい曲というのはたくさん存在する。しかし僕は、この曲ほど無垢で汚れを知らない純度100%(混じりっけ無し)の純愛の歌をほかに知らない。多分世の中に存在する歌入りの音楽のほとんどは「愛」を歌詞のテーマにしていると思うが、そのどれもがどこかにエロスを含んでいる。直接そう表現していようがいまいが、それをどこかに意味しているし、感じさせる。しかしこの曲は、童謡等の子供向けの曲ではないのに、エロスを感じさせるものが一切ない愛の歌である。好きな先生を木陰でそっと見つめている女子高生ぐらい純である。いや、女子高生という言葉はいやらしい。木陰で見つめている女学生といったほうがいいだろう。戦前か戦後まもなくならともかく1969年の曲である。私は、この曲を一人で聴いていると、心が真っ白に美しく染め上げられていくのを感じる。。。きっとどんな極悪人でも、この歌を聴くと自分の罪を悔いて、
自首してしまうのではないだろうか。ベッツイ&クリスはハワイ出身の1952年生まれである。そういえば、先日お酒をゴチソウになった(といっても会計の端数300円は支払いました)ジョームも1952年生まれであった。ジョームの白い色は何の色なんだろうか???

文鳥と音楽と麻雀と・・・

また、懲りずにblogを始めてしまった。いつまで続くことやら・・・。

これまでの僕は仕事以外の時には、「音楽を聴いているか」、「レンタルDVDの映画を見ているか」、「ネット麻雀をやっているか」のどれかであった。僕は出かけることがあまり好きではないので、休みのときはコンビニか中古レコード屋に行く以外めったに外出はしない。だから、家にいて楽しめるもので暇をつぶしていたわけである。その私の生活が今年になって激変した。スケキヨが我が家にきてからというものの、私の生活の中心はスケキヨになってしまったのである。スケキヨは文鳥である。桜文鳥のオスである。私の好きな飲み屋も「さくら水産」である。そんなことはどうでもいい・・・

とにかくスケキヨが可愛すぎてたまらんのである。正直に言おう、僕はこれまでに動物を可愛がったことはないし、自分にそんな動物を愛する優しい感情があるとは思っていなかった。昔付き合っていた女性に「ねぇ、私の猫カワイイでしょ~」といわれた時も、「うん、かわいい、かわいい」と言いながら、陰ではその猫を虐めていた男である。しかしスケキヨと出会って私は変わった・・・。甥っ子を京王デパートの屋上に遊びに連れて行ったときに運命の出会いをしたのである。小さなかごに入れられたスケキヨがこっちを見て「ピー」と泣いたのである。私も泣いた。そして我が家の一員になぁつたのである。うーっ、神様有難う~!

ということで、このブログはまだまだ続くのである