といっても水道橋駅から上がっていったが、アテネフランセ文化センターでの「ロシア・ソビエト映画史縦断 1943-1995」。

「ピロスマニのアラベスク」(1986年)セルゲイ・パラジャーノフ
「エレジー(1986年)アレクサンドル・ニコラエヴィチ・ソクーロフ
短編2本だが、パラジャーノフにソクーロフとあってかほぼ満員の入り。
残した作品の極めて少ないパラジャーノフだが、「ピロスマニのアラベスク」は特に観られる機会に乏しい。
DVDにしたいと奔走した人がいたのには感心!→ピロスマニのアラベスク DVD化活動の顛末
ピロスマニのさまざまな作品を、連続的に、そして全体と細部を切り替えつつつなぎ、ピロスマニや女優マルガリータも登場するが、投影されているのは、芸術家としてのパラジャーノフの思いであろうか。最後のほうに、パラジャーノフの作ったインスタレーションが出てくる。
エレバンにあるパラジャーノフ記念館を訪れた時にも感じたことだが、パラジャーノフは基本的に表現欲の過剰な人間である。同性愛の嫌疑は真実か分からないが、横溢ぶりが当局の忌避するところとなり、理不尽な長い弾圧に繋がってしまった。
作品と実景が交錯するあたり、パラジャーノフ的な危険なニオイが感じられる。
ソクーロフのほうは、パリで客死したシャリアピンの遺骨が祖国へ戻り、モスクワで埋葬される際の様子、娘たちの姿を捉えたドキュメンタリー。

すじてつジャストライン-アテネフランセ

夜の回は、
「転回」(1986年)ラナ・ゴゴベリーゼ
第2回東京国際映画祭で最優秀監督賞だったんだなぁ。
2人のオバチャン―かつてのスター女優と学者―の久々の再会から、周囲も含めて状況はいろいろ転回していく。
深刻そうな中にも軽さが同居していたり、はいかにもグルジア風。
ルスタヴェリ通りだの、メテヒ橋からアヴラバリへ上がっていくあたりだの、それと分かる場所がいくつも出てきて、遠きトビリシに思いを馳せてしまう。
路面電車は、今もある路線だろうか。


終了後、さてどこへ入ろうかと思って少し歩き回って空振りをし、頼りの「笑ちゃん」へ行くも、明かりは点いていたものの貸切…。
ガード下からふと目に付いた「潮騒」で、500円となっていた刺身(カンパチ、アオリイカ)、キンメダイのなめろう。生ビイルから麦冠情け嶋。昔ながらの造りということだが、香りとうまみが何ともいえず良かった。