こんにちは


sujaです


20代の頃は頻繁に

神戸に遊びに出掛けていました


異人館を

三ノ宮のアーケードを

元町の高架下の店を見て歩き


お腹が空いたら

評判のトンカツ屋さんで堪能し


ハーバーランドを当てもなく散策し

歩き疲れたら

アンリ・シャルパンティエでケーキと紅茶


神戸の街並みや空気感が好きで

仕事で行くときは必ずと言って良いほど

長居して会社に戻る予定をはるかに過ぎ

周りから怪訝な顔をされたものです


阪神淡路大震災から31




その当時、私は広島に住んでいて

広島でも震度3の揺れがありました


揺れを感じ起きたものの

早朝のことだったので、そのまま2度寝をし

いつもの時間に起きてテレビをつけた時の衝撃は

今も覚えています


なにこれ!?

どこかの道路が横倒れになっている!


どこ?


日本で起きているとは思えず

外国のどこかだと思っていました


でも

テレビの中で話している声が

徐々に耳に入ってきて

次第に状況を理解し、更にショックを受けました


阪神高速が倒れている

大きな地震があった

被害が広がっているけど

どれだけ広がっているかわからない


実家のある大阪へ連絡を入れたところ

かなり揺れたけれど被害はないと聞いて一安心


しかし


時が経つごとに詳細が分かり始め

神戸を中心に

酷い状況が広範囲に広がっていました


家屋の倒壊

大規模な火災


言葉を失うような情報が

常に目に、耳に入ってくる日々でした


何日かすると

救援物資を受け付けていて

ダンボールに詰めた物資を持って行きました


数年後には

甚大的な災害に見舞われた街が新しくなり

復興し始めたというニュースを耳にし

人々の笑顔も増えてきました


けれど


それでめでたしめでたしでは無いし


本当の意味で元通りになったわけでも無く


新しい街並みや人々の笑顔の根底には


あの震災によって溢れた

哀しみ

苦しみ

憤り

寂しさ

孤独


そして


つながり

思いやり

気遣い

優しさ

愛しさ


全ての感情が土台となって

人々の笑顔が美しく輝き

言葉のひとつひとつが

ずっしりと心に響くのです


あれから31

あんなに通った神戸に

一度も足を運んでいません


帰阪の際

電車一本で行けるというのに

なかなか足が向かないのです


新しくなった街を見るのが

怖かったのかもしれません


『有為転変は世の習い』


新しく変化した街や人々に

そろそろ会いに行っても良いではないか、私