水羊亭随筆 Classics -1356ページ目

ネズミと児童文学


nezumi 今年も数枚の年賀状をデザインしました。その中で、ちんまいお子さん・お孫さんのいる複数の知人へ宛てて、児童文学に登場するネズミのイラストを集めた年賀状を制作しようと思い立ちました。


 とは云え、闇雲にネズミの絵を集めるのではなく、自分で読んでみて「面白い!」と感じた物語のイラストを厳選したいと思いました。そのため、近所の図書館の児童書コーナーにあった「ネズミの物語」をかたっぱしから読破しました。


 ネズミが主人公の児童文学作品は「意外と多い」のだそうです。特に、海外の児童文学作品には多く見受けられます(イギリスやロシアでは、ハリネズミを主人公にした作品も少なくありません)。


 日本の場合は、ネズミよりもネコを主人公にしたものの方が多い印象を受けました。海外の児童文学作品でも、ネズミの次に多いのはネコのようです(ちなみに、イヌは少ないようです。人間の忠実な友であり、滅多に放し飼いされることもないイヌは、勝手気ままな冒険の旅に向いていないのかもしれません。閑話休題)。


 ネズミは子供の象徴です。小さくすばしこいだけで無力なネズミが、天敵のネコやらイタチやら人間など「大きなもの」を打ち負かす冒険譚は、子供のあこがれです。物語作家の立場から見ても、困難や試練を克服する成長物語の題材として、ネズミを擬人化して主人公にするのは、判りやすく書きやすい素材と云えるでしょう。


 他にも、椋鳩十の動物童話や『シートン動物記』のように、動物の生態を丁寧に描写した作品もあります(ビアンキ『小ネズミのピーク』)。


 また、ルーマー・ゴッデン『ねずみ女房』は、女性の精神的自立を描いたフェミニズム文学としての奥行を感じさせますし、ポール・ギャリコ『セシルの魔法の友だち』や、フィリパ・ピアス『ペットねずみ大さわぎ』のように、ネズミそのものが主人公とは云えませんが、ネズミを狂言回しとして繰り広げられる人間ドラマの秀作もあります。


 一方、日本の児童文学におけるネズミは、ネズミである動機・必然性に乏しいものが多く見受けられました。優しさと弱さ(甘さ)を混同している日本の児童文学は、フィリパ・ピアスや、ロバート・ウェストール(『“機関銃要塞”の少年たち』『海辺の王国』『猫の帰還』)、ペーター=ヘルトリング『ヒルベルという子がいた』の作品のような、骨太さ力強さの上に、ファンタジーを描く方法を学ばねばなりません(ヘルトリングは内容に救いがなさすぎて『ヒルベル…』以外あまり好きではありませんが)。


 ファンタジーは、現実逃避の道具ではなく、現実を強く生き抜くための知恵と教訓で、子供たちの心を支え育てる物語であるべきだと思います。日本の児童文学の脆弱さを痛感すると同時に、海外児童文学の奥深さ・面白さを再確認しました。


 最後にオススメの作品を挙げます。大人が読んでも充分面白いと思います。


〈おわり〉(08.01.01)



ヴィタリー・ワ゛レンチノヴィチ・ビアンキ『小ネズミのピーク』(岩波書店・1954年)
ケイト・ディカミロ『ねずみの騎士デスペローの物語』(ポプラ社・2004年)
ディック・キング=スミス『ゆうかんなハリネズミ マックス』(あかね書房・1994年)
ディック・キング=スミス『学校ねずみのフローラ』(童話館出版・1996年)
ディック・キング=スミス『歌うねずみウルフ』(偕成社・2002年)
フィリパ・ピアス『ペットねずみ大さわぎ』(岩波書店・1984年)
ポール・ギャリコ『トンデモネズミ大活躍』(岩波書店・1970年)
ポール・ギャリコ『セシルの魔法の友だち』(福音館書店・2005年)
マージェリー・シャープ『くらやみ城の冒険 ミス・ビアンカシリーズ1』 (岩波書店・1987年)
ラッセル・ホーバン『親子ネズミの冒険』(評論社・1978年)
リチャード・ウィルバー『番ねずみのヤカちゃん』(福音館書店・1992年)
ロアルド・ダール『魔女がいっぱい』(評論社・1987年)
渡辺わらん『ボーソーとんがりネズミ』(講談社・2001年)
E・T・A・ホフマン(絵:モーリス・センダック)『くるみわり人形』(ほるぷ出版・1985年)
S・G・コズロフ『ハリネズミくんと森のともだち』(岩波書店・2000年)
V・オルロフ(絵:V・オリシヴァング)『ハリネズミと金貨』(偕成社・2003年)