2017年に入ってから
1月、そして2月中旬あたりまで実は
どうにもなかなか、しんどい期間でした 
( 読み返すと1月中のブログは特に
どうも語気が強い…
)
)昨年の2016年は私にとっては
外へ外へと出かけ
たくさんのかたに出会い
得るものが多かった年だったのだけれど。
その一方で
様々な出会いを鏡として
自分の内側を見つめていったときに
その鏡に映るようになった
「 違和感 」が
冬至にとうとう極まり
そこから一時、左耳が聴こえ辛くなりました。
そんなこんなで2月までは
多少ゆっくりするつもりでいたのに…
なぜか、あいかわらず駆り立てられるように
1月も詰め詰めのスケジュールになり
それでも、そんな日々のなかで
慌ただしさよりも、とにかく
自分の内側から声をあげている違和感の
「 正体を
見つめてゆく作業 」
が、何よりも精神的な負担になっていました。
…正直、つらい。
心の底から笑顔になれる時間が、減ってゆく
それでも
その違和を見て見ぬふりをしたとしても
自分の内側の鏡に映されたそれが
時とともに自然に消えてゆくことはない。
だったら、丹念に向きあってみよう…。
そんな思いで日々を過ごしながら
1月が過ぎてゆきました。
そして、2月に入ってすぐの頃。
なんとなく…キャンドルを灯して 

「 炎 」と向かいあう時間
をもちました 

ある「 火の女神 」と
ご縁がある期間だったことと
1月末に「 火星 」がそのホームグラウンドの
牡羊座
へと移動し
新しい2年間が始まったこともあって
なんとなくそうしたのですが…。
私はもともと、生まれもったエレメントのなかで
「 火 」の要素だけが少なめ
なんです。


たいていはまず「 水 」の
混ざりあおうとする共感の質で
内なる炎を鎮火してしまいがち……。
けれど
錬金術に示されるように
火のエレメント無くしては
起きない変容もあります。
水 も 火 も同じく
浄化 の質をもっているけれど
水が洗い流して清めるだけでなく
溶けあい、まざりあうこともある一方で
火 は不純物を とことん燃やしつくし
灰へと消し去り浄化する

……2月に入ってすぐに
私が実際のキャンドルを通して
そういった種類の炎を
自分の内側に起こす時間をもったとき。
実は最初から直接に火を
受け入れることが出来なくて


家族が寝静まったあとに
お風呂でキャンドルを灯してみました。
湯船に映った炎。
本来なら相克しあうはずの
「 水 」と「 火 」の浄化力が
かさなりあう場を創り、
そこに身をゆだねてみる。
まず、そうして
慣れ親しんだ
水のエレメントを介したかたちで
火のエレメントの助けをかりるのが
私にはとても合っていたようです。
その時間のあと
ようやく自分の内側の鏡のくもりを
磨き直してゆくことが出来ました… 
……2月26日に
すべてが流れつく海と呼応しあう
魚座の新月を迎え
春分へと向かってゆく、いまの期間。
大地でも雪や氷がゆるみ始め
水のエレメントが
春の芽吹へと目覚めてゆく時。
その一方で
月は太陽より先に
火星も、制御しがたい星々と
コンタクトをとってゆきます。
「 火の激情・情熱・進み広がるチカラ。 それをどう扱い、どう活かしたいのか? 」
そこにブレがあると
いずれ自分がとった行動の結果が
厳しいかたちではね返ってきがちです。
…もしも、いま。
自分の内側からや、他者からの
コントロールしがたい炎のような干渉や
逆に、火を起こせず、浄化しきれないような
重いくすぶりを感じている方がいたら。
「 火 」と「 水 」
相克する両方のエレメントの感覚を
組みあわせて
受けとめてみるのも手かもしれません。
私は浴室でキャンドルを炊いたけれど
湖畔でのキャンプファイヤーなんて
素敵ですよね…




自分の内側の鏡に映った違和…
その不純物を浄化した 炎 が
魚座の新月を過ぎたいま。
芽吹きの季節への祈りを
あたため
鼓舞するような
新しい炎へと
姿を変えてゆくのを感じている
Runoutta & サトルアロマセラピストの



