こんにちは。
とても唐突なのですが、アートについて書きたいと思います。
私は、美術の高校、大学、大学院を卒業して、その後、アートに寄り添って、26年間、美術館で主にグラフィックデザイナーとして働いてきました。そしてしばらくアートから離れ、今は、アートから受けた様々な恩恵というか、楽しい思いについて、何か書きたくて書きたくてたまらなくなっているので、すこしづつ書きしるしてみたいと思っています。
もしかしたら、他のかたには全然面白くないかもしれないのですが、美術で出会ったよもやま話などをちりばめ、ふ~ん、こんなやつもいるんだなと、楽しんでもらえたら嬉しいです。
そう考えつつ人生を振り返ってみると、今までもたくさんの方々に受けた質問は、
「現代美術の見かたを教えてほしい」なのであります。
それで、その都度、何と答えていたかというと、『「これ、好きかも? 苦手かも⁈」それだけでいいのよ。そこで、気持ちが動けば、その気になった人や作品を調べていくの』、と答えてきたと思います。
現代美術を見て、理解したくなる気持ちはわかるのですが、いいんです、わからなくて。
でも、なんとなく、好き!とか嫌い⁉ とかはあるでしょう? 鑑賞の出発点はそこで良いのです。
みんな人生での経験は違うし、同じ考えを持つ必要もないのです。とても私的なところで、ぐっと気持ちがうごくものがあれば、それは最も素敵な体験です。そして、誰かと共通して心が動いたものがあれば、気持ちが繋がります。
現代美術が「現代美術である所以」ですが...【アートの定義】
『スタンフォード哲学百科事典』はダントーの定義を次のようにまとめている[1]。
ある対象がアートであるための必要十分条件とは、
1つのテーマを持つ
ある態度・観点を投影している(言い換えれば、「スタイルがある」)
レトリック的(たいていは隠喩的)な省略がなされており、それにより鑑賞者
は欠如した部分を埋めようと促される
当該の作品とそれについての解釈が美術史的コンテクストを要求する。
この条件が、学問としての現代美術概念を「制度的」なものにする要素である。
それまでは、日本の文化表現は「道(書道・茶道など)」や「技(工芸)」として扱われており(簡単には言い切れませんが)、「美しさ」よりも「精神性」や「修練」が重視されていたことを考えれば、しっくりきますでしょうか。
いくつかサイトを拾っていきます... 以下の方の文章はとてもスムーズに私に入ります。共鳴します。
アートは、正解のない問いを可視化する媒体でもあるのです。(見る者の視点や知識によって、その意味は大きく変わります。)
つまり、アートの「意味」は固定されておらず、観る側によって「開かれている」ものなのです。
アートは単なる装飾ではなく、社会と個人の在り方を問うメディアでもあります。
(感性の訓練としてのアート、社会への批評・提案としてのアート)
アートの意味を一言で定義することはできません。しかし、だからこそアートは面白く、私たちにとって必要なものなのです。
「これはアートなのか?」と考えた瞬間から、すでにあなたはアートを受け取っているのかもしれません。
最後に、アートに触れる際のヒントをいくつか。
正解を求めないこと
自分の感覚を大切にすること
わからないままにしておく勇気を持つこと
アートの意味は、常に変化し続けています。だからこそ、私たち自身も変化し、成長できるのです。
素敵ですね。
注[1]アーサー・コールマン・ダントー(Arthur Coleman Danto)は、アメリカの美術評論家・哲学者であり、特に「アートワールド」理論で知られています。彼は、アートは伝統的な美学で考えられてきたような作品の内在的な本質ではなく、作品に付随する解釈や歴史によって形成される歴史的な関係性によって成立すると主張しました。ダントーの理論によれば、アートは「何ものかに関わり、それに応じて意味をそなえる」特質を持つものであり、日常の中にあるものと芸術作品の区別が見た目では不可能なものも説明できるとされています
また、書きますね! suisuirose2000