
参籠衆も来週には戒壇院での別火が始まり、千年を超す行には大変な重みがある。
長い歴史の中で、二月堂が燃えた時にも仮堂で行われ、廃仏毀釈の中でも、大阪の空が空襲で赤く染まった時にも、一心に続けられた。
近代においては、明治維新と昭和の敗戦が、一大事だった。
廃仏毀釈では大寺院の存続も危うくなり、敗戦の時は価値観が覆り、総国分寺も混乱したことだろう。
そのようなときにも、修二会は愚直に続けられた。
奇しくも、160年前と80年前に大変化が起き、今年は大事があるのだろうか。
変化の時に必要なのは、多角的な視点とブレない信念だと思う。
最近の世の中は、一面的な見方や考え方に偏り過ぎているようだし、信念は金銭に置き換わったかのように見える。
少しでも多極的な見方をしたいと思い、2年前から中国語の学習を始めた。
老齢を言い訳にしたくないが、情けないぐらいに覚えが悪い。
奈良は多くの観光客が来るので、1年後には中国人と会話が出来るようになりたいと思っている。