いままで怖かった暗闇に飲まれてしまうことに、今日初めて快感を覚えた。


自分の体は夏の夜と一体と化していく。


そこに腕があった記憶がなくなる。

そこに脚があった記憶がなくなる。

そこに胸があった記憶がなくなる。


身軽になって、少し冷たさも覚えて、特に恐怖は感じなくて、

残っているのは心地の良い感覚だけ。





今日の朝の電車できれいに化粧をしたおばあさんが目の前に座っていた。

70代くらいのその人は、しわこそあるものの、肌が本当にきれいで

私は素直に、素敵だと思った。


健康的に白く、きれいにファンデーションを塗っていた。



ただ、口紅が恐ろしいほど鮮やかなピンクだった。

婦人の隣に座る大学生の口紅は色はなく、そのかわりグロスで光っている。


70年代のオマージュファッションが流行っている。

でもそっくりそのままじゃない。



口紅の色は変わった。



婦人の中に存在する美人像は、きっと、彼女が輝いていた時代のままで止まっている。

流行を追うことをやめ、誰かの妻になったり、誰かの母になったり、その瞬間はわからないけど、

婦人にとっての美人像が固定した瞬間のファッションなのだと思った。


それはきっといまから40年くらい前なのかな、と想像した。



あの人は、70年代の中でいまだ生きている。




好きな洋服と好きな音楽で身を固めて、

今日は林檎ちゃんよ、って顔して街を歩く。


素の私とは違うのは知ってる。


それでも、今日のイメージはポップロックガールなんだ、しょうがない。

かっこいいでしょ?って顔して歩く。


今日はどうしてもガーリーがいいの、ってスカートをはく。



自分を作る、意識的に。毎朝。毎朝。


電車は乾いたサラリーマンに押され、学校は化粧で素顔を隠した学生に睨まれる。


怖いと思ったら負け。


だから真実からは目を逸らし、今日も私は街を歩く。



でもたまに、花柄を着て、9mmを大音量で聴く。