女性のHIVキャリアの話を聞くと、少しだけほっとする自分がいる
決して他人の不幸を喜ぶつもりは無いのですが、女性のHIVキャリアの話を聞くと少しだけほっとしてしまう自分がいて、そんな事でほっとしている自分に気付いて自己嫌悪に陥ったりもしています。 このひとつ前、先月の下旬に書いたはてな匿名ダイアリーの事も、最初に抱いた率直な感想としては、女性のHIVキャリアが存在することにほっとしていました。 HIVキャリアの男女比は圧倒的に男性が多く、そして同性愛者の割合も高いと言われています。僕は身の回りにHIVキャリアが1人もいないので、実感として男性が多いとか同性愛者が多いとかというのはよくわかりませんが、様々な資料を見た限りではそうらしい、と認識しています。 HIVの感染がわかった検査の時に保健所の方から渡されたパンフレットの表紙には男性二人が仲睦まじくしているイラストが描かれていましたし、今でも病院のお医者さんから何かの説明を受ける時に「同性愛者の場合は~」と、僕にとってあまり必要がなさそうな過去の事例などを持ちだされる事があって、ですから役所や医療の現場においてもそのように認識していると思って間違いはなさそうです。 だからつまり異性愛者でHIVキャリアの僕というのは、この分野においてはどの程度かわからないけれども、マイノリティなのだろうと思います。 マイノリティなのは別に構わないので良いですが、ただ、あまりにも同性愛者前提のパンフレットや説明を受け続けていると、虫の居所が悪い時にはイラッとしてしまったりもします。同性愛者の事を馬鹿にしたり差別したりするつもりは全くありませんが、僕はそうではないので、一緒くたに扱わないで欲しいと、イラッとしてしまうのです。 そうした中でHIVキャリアの女性というのは、男性同士の同性愛者でないのは言うまでもありませんので、そこに砂漠の中のオアシスみたいな感情を抱いてしまう、のかもしれません。 僕にとってこれまで視界の360度全てが砂漠だったのが、ちょっと先の方にオアシスが見えてきて、ようやくこの鬱屈とした気持ちから開放される時が来た、みたいな気分になってしまうのだろうと自己分析しています。 あとは、願わくば彼女が欲しいので、健康な女性よりHIVキャリアの女性の方がまだ可能性がある、みたいな身勝手な下心もあるに違いありません。 人生がうまくいっていない時は、だいたいの場合において考えている事柄もろくでもなかったりするものですから、今の僕もたぶん、全くろくでもない事ばかり考えているモードなのかもしれません。 ひとまず、親より先に死なない事を念頭に置いて、あとは犯罪を犯して他人様に迷惑をかけたりしないように心がけて、地道に生きていくしか無いな、という近頃の僕です。