人生は岐路の繰り返し。進学だってそうだし、就職だってそう。生きている限り、決断しなくちゃ
いけないことが次々にやってくる。一番の決断は結婚??こればかりは若さの勢いで決断すべし?!
さて、私の人生のターニングポイントはずばり大学進学の時。自慢ではないが、と言いつつ
どう書いても自慢になるので、自慢にはなるがと前置きすると、私は自分の成績が判り始める
中学の頃から成績が非常に良かった。父親の都合で超ド田舎の中学に通っていたが、
常にトップだった。
中3の夏休みに生まれて初めて塾というものに通ったが(田舎だったので、塾に行くためだけに
片道1時間半もかかった・・・)、夏休みが終わって受けた模試は、その塾全体で二番になった。
そのまま県内トップの進学校に進み、入学後の全国模試では、全国で10位になった。
そんなわけだから、高校の担任は、父親に私の医学部進学を勧めた(このあたりがいかにも
地方らしい・・・)。その昔、医者になりたいと思いつつ、訳あって幼少の頃に天涯孤独になり、
養子となったために教師になることしか許されなかった父も、そして教育熱心な母も大層喜んでくれた。
私もそこに何の疑問も抱かず、両親がこんなに喜んで、仲良しの友達も皆医者を志す中で、医学部進学に
向けて邁進した。
ところが、、、忘れもしない高3の冬、12月初旬に、なぜか突然医者になることに迷いが生じてしまう。
なぜだろう、何の魔がさしたのか、ふっと目の前に一本のレールが見えた気がしたのだ。
10年後、20年後、いや死ぬまで私はきっと医者なのだ。私は何のために医者になりたいのだろう。
親が喜ぶから?親友も、まわりの友達もみんな医者を目指しているから?一旦ふつふつと湧き上がった
疑問はなかなか消えない。なぜか2歳年上の姉が放った言葉が蘇る。「そんなに本が好きで、小説ばっかり
読んでいて、理系に進むんだー。昔からどう考えても文系だと思うんだけど。性格も医者って感じじゃないじゃん。好きなんだっけ?」。いや、森鴎外だって渡辺淳一だって、医者だけど作家だ!とそのときは気にも
留めなかった言葉がやたらと的を得たように感じてぐるぐる回りだした。何より、好きかどうかなんて考えたこともなかった。私は本が好きで、教科なら国語が一番好きで、好きな科目はほぼ文系だ。決まったことが嫌いで、
細かいことが嫌いで、大雑把で、明日は何が起こるか判らないようなスリルが好きで。。。そうか私は好きでも
ない道に進もうとしている???そして、私は熱を出して寝込んだ。そして決断した。私は医者にはなれない。
なりたくない。そして意を決して両親に医学部には進学しないと告げた。
その時の両親の落胆ぶりは本当に今でも申し訳ないと思っている。
それでも、やっぱりあの時の決断は間違っていなかったと思う。それまでは常に両親に進むべき道を
指し示してもらっていた。そして自分の責任などは考えたことがなかった。でも、医学部を止め、自分で
進むべき道を決めたあの日から、私には逃げ道がなくなった。私が未だにどんなに辛くても仕事を
続けることを止めないのは、そこにも理由がある。あの日、私は両親を裏切った。でもその代わりに
私の力で絶対に人生を切り開いてみせると誓った。未だに全然切り開けてはいないけれど、少なくとも
今は自分の人生に起こるよしなしごとと自分の責任で闘っていると思う。失敗も含めて全て自分の責任ゆえに、何とか失敗すら成功に変えようともがき、努力している。そして両親も、そんな私を見てすこしだけ満足してくれているんじゃないかと思う。
自分で決断して進む道を選んだ時に、全ての責任を自らが背負う。その覚悟が人生のどこかで
必要だと思う。人に決めてもらった道は、苦しいときに必ず逃げる言い訳になってしまう。
そんな人生はやっぱり情けないと思うからね。