前回のブログから、少し時間が経ってしまいましたね☆
多少の頭痛はいつもの事w
概ね健康です。杉本ですww
冒頭に書いた通り、今日は少しだけ真面目な内容を
いつも通り、少し不真面目に書いていきますww
よろしければ、最後までお付き合いを♪
さて、僕も含め、ある種の失敗体験をすると、
多くの方は、
「意味があったんだろうか?」
という思考が働くのではないでしょうか?
というより、Mr.childrenの名曲「GIFT」でも歌われているように、
そもそも「生きている意味」や「生まれた意味」
なんてものを求めて生きている方もいますよね?
僕も考えますしww
今日は、そんな「意味」ってものの意味を考えてみようと思います。
僕らが生きている中で、事あるごとに貼られるレッテル、
「成功」と「失敗」
これって、そもそも「結果」なんでしょうか?
もちろん、短期的に見れば「結果」なんですが、、、
その「結果」は次の現実に影響を及ぼします。
一つの「失敗」をすれば、
次は同じ失敗をしないようにと、現在の糧となります。
逆に一つの「成功」をすれば、
自信という形で、現在の糧となります。
つまり、中長期的な視点に立てば、
「成功」も「失敗」も
一時的な通過点です。
つまり、僕たちが考えようとしている「意味」というのは
刹那的な「結果」を見て考えてしまっているという事です。
現実は、その「結果」のあとも続いていくわけですね。
理科の実験を思い出してみましょう。
どんなプロセスで行なっていましたか?
「実験⇒結果⇒考察」
ですよね?
つまり、僕らがしている「意味を考える」という行為は
「考察」にあたるわけです。
「ある結果」に対して、「考察」をする事で
「意味を与えている」
に過ぎないんです。
そして、僕らが考える「意味」は
「結果」が出たあとの行動によって
良くも悪くも変わっていくんですね☆
失敗を糧にして、次が成功すれば、
「意味のある失敗だった」となるわけです。
そして、自分の人生なんて「過去の蓄積」でしかないわけです。
思い出せるのは「過去」ですからねww
ならば、「現在」できることは、
「失敗を無駄にしない行動」
しかないという事になりますね☆
凄くシンプルです。
そして、そのさらに先に立って初めて
「意味」が決まるわけです。
というか、むしろ、
自分で「意味」を与える
といったイメージですね♪
どーでしょうか?
意味を考えてクヨクヨしている事に
あまり意味を感じなくなってきましたか?ww
あなたに書いているようで、
僕は自分に言い聞かせているだけですがww
ということで、今日も最後までお付き合いありがとうございました☆
このブログが、アナタにとって「意味」のあるものであったら幸いです☆
あ、ちなみに、この記事を書こうと思ったきっかけは
週刊マガジンに連載中の「DAYS」ってサッカー漫画ですww
面白いので読んでみてください☆
ではまた!!
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