【前書き】

北九州市八幡西区にある鉄竜町と鉄王町。経済発展が目覚ましい昭和三十年代、北九州第二の繁華街だった黒崎から南西に3キロほど離れた田んぼが広がる広大な土地を、当時の八幡製鉄が買収。大規模社宅群(穴生社宅)を建設し、鉄を冠するちょっと変わった名前の新しい町がふたつ生まれたのでした。


私は1歳になる前から小学5年までの約10年間を、鉄竜の社宅群の中で暮らしてました。今から四、五十年前のお話しです。



佐藤商店は今も鉄竜二丁目と鷹ノ巣二丁目を隔てる通り沿い、鷹ノ巣側にあって、当時を振り返る他の方のブログやコメント、私の記事でも登場してます。

▼通り東向き。左手奥ブルーの建屋。奥が穴生ドーム、手前が大池公園方向
▼少し近づいて。奥が穴生駅、手前が相生町方向

このブログを書き始めて2年半くらいになるんですが、書き始めた当初私に残っていた記憶と、ブログを書く過程で得た情報との境界線が、かなり曖昧になってきてる部分がいくつかあります。佐藤商店はその一つ。

当時鉄竜一丁目62棟前にあった公園(ちびっこ広場?わんぱく広場?)のすぐそばにも佐藤商店がありました。

▼少し引いて
▼こんな近くに2つの佐藤商店が
右の佐藤商店は、当時私の自宅(68棟)寄りで、同級生の家?祖父母宅?だったし、近くのそろばん塾への通り道で立ち寄ることも多く、なんとなく覚えていたかと。左の佐藤商店があった付近も当時行ってましたが、名前はよく覚えてませんでした。

ただその後、他の方のブログやコメントで左の佐藤商店?について触れてるものを目にすることが多く、あれ?右は本当に佐藤商店?そうじゃなくて同級生の名を冠した松下商店?なんて感じになり、かなりあやふやに。四十年前のお話をブログ書いてると、そんなことが多々あるけど、勢いに任せでテキトーに書いてます笑

それから2年近く経ったでしょうか。
1980年当時の地図を見ることができました。

▼確認してみたところ、双方とも佐藤商店のようです。が・・・

▼右側拡大

▼左側拡大
左側の角(現在の佐藤商店)は、戸高商店とあります。佐藤商店はその隣でした。


右側の佐藤商店は、私が暮らしていた頃は既に建屋がかなり古かった印象で、お婆ちゃんかお爺ちゃんが店を切り盛りされてたような気がします。私は高須に転居してしまったので、いつ頃まで右側の佐藤商店が営業されてたのかは分かりません。

その後いつしか佐藤商店は左側だけとなったんでしょうけど、その後も鉄竜や鷹ノ巣で暮らしていた子供たちにきっと慕われてたんでしょうね。

私はこの地図のおかげで、2年ぶりくらいに、ようやくモヤモヤが晴れました笑

あと他でも触れてますが、確かこの通り沿いの店舗に、九官鳥とオウムがいたと思います。
私の記憶ですと両方とも右側の佐藤商店にいた気がするんですが、上述のとおりかなりの記憶のいい加減さです笑

九官鳥もオウムも地図に書いてくれたらよかったんだけど、こちらはもう少しモヤモヤが続きそうです。。(九官鳥は69棟の玄関あたりで飼ってる世帯があって、そっちとごちゃごちゃになってる可能性アリマス)
やはりオウムも九官鳥も、右側の佐藤商店にいたようです。九官鳥はお店の軒先に吊り下げられた籠の中だったかな?←コメント下さった皆さんありがとうございました。

おしまい



追伸
右側の佐藤商店から道路を渡ったところのちびっ子広場