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すが村のお便り

すが村(そん)のからのお便りお届けします

最近facebookをやっています。嫁や、わたすが嫁の国にいた頃のノン・ジャパニーズな友達はみんなfacebookをやっているのでそっちは外人使用という感じです。



尊敬するタモさんが昔から言っていますが、知らない言語も3ヶ月聴き続けると理解できるようになるという話。あれは本当です。

リンダの国では公用語の他に、公用語とはほとんど異言語とも言える地方語があります。リンダやリンダの家族は主にその地方語で話すため、公用語を理解しているだけではコミュニケーションがまったくとれず村長も「言葉が通ずないとはこういうことか」と鱗が目から剥がれたものですた。

ところが鱗はもう一枚張り付いていて、村長は言葉が通じなくてもあまり気にならないということですた。言葉が通じない不自由をまったく感ずなかったのです。

村長には声の他に目もあったす手もあったす筋肉もありますた。だから声を使わずに自分の言いたいことを顔の表情で伝えたり、相手の言いたいことを感ずたりできたからです。何も苦労はありませんですた。

さらに何も考えず、耳だけを澄ますていたところ、ある日リンダの地方語がまるで日本語のように、さらり、さらりと聞こえてくるではありませんか。すっかり何を言っているのかわかるようになったのです。これには驚きですた。「タモさん、本当だね」とひとりつぶやいたものです。



人間は持てる力の氷山の一角すか使わずに生きていると小学生の頃の最後の担任にすつこく言われますたが、たすかにそうかもすれません。

氷山半分くらい使えば言語なんてたやすいもの、世界中の人間がそれぞれの言語でコミュニケートできるのかもすれませんね。

でもわからなくてもいいこともたくさんありもすから、それがいいことかどうかはわかりませんが。



村長の自慢は、コテカ(チンケース)だけを身に付けて生きてる人たちと100%意思疎通ができるということです。きっと、世界の役に立つ日が来ることを信じて、その日を待ち続けて生きているのです。



すが村長
~前回までのあらすじ~

すが村長がアメーバから姿を消していた40日、丸々小学生の夏休みと時を同ずくすて、村長もみなさんの中から記憶とともに去っていた理由は三つ!!!

ひとーつ(前ブログ参照)
ふたーつ(前ブログ参照)



で、みーっつ

村長この夏は読書にハマっていもすた。昔はチンピラ相手に「fu○k off!」のかわりに「book off!」と中指を突き立ててしまっていたくらい本が身に染み込んでいた村長ですたが、この3年半は店を切り盛りするので余裕がなく、まったく文化的な生活から縁遠かったのですが、ある日突如無性に本が読みたくなり、3日に一冊のペースで単行本を読みあさってますた。

村長が本を読むとき…いや本だけに限りませんが、集中力というもんがハンパないので、ひとつのことに夢中になってすまうと猿のごとくなので、すっかりブログのことを忘れていたすだい(次第)です。
まず本を読んでいるときに話しかけられてもまったく気づきませんす、電車の中で読んでいるときには目的の駅を通り過ぎては反対方面に乗り直す、さらにまた乗り過ごすては元来た駅に舞い戻るということを日常的に繰り返すます。

適当になんでもいいやと手に取ったこの夏はじめの本は、桐野夏生の『東京島』ですた。そのあと『告白』『インシテミル』『白夜行』『OUT』などを読みすすめた後に恩田陸『夜のピクニック』を読んでいる時には、さぁ次のページをめくったら死体が出て来るかな?というワクワク感を内に秘めていますたが結局最後まで誰も死なず少なからずガッカリ来たので「人って恐ろしいわ」と思いますた。



というわけで夏は過ぎ秋がそこまで来ています。

読書の秋にはみなさんのおすすめ本を読んでみたいので教えて下さい。

すが村長
みなさんもうお忘れでしょうがこんにつは、グローバル活動甚だしいすが村長です!!!



そうすが村長がアメーバから姿を消していた40日、ああ丸々小学生の夏休みと時を同ずくすて、村長もみなさんの中から記憶とともに去っていもすた。



その理由は三つ!!!



ひとーつ

夏休みが始まってすぐの頃嫁のリンダとリンダの故郷へ帰省すたところ、空港からリンダの村までの移動中にある団体に人質に取られるという事件に巻き込まれていますた。その団体とは命を削る一刻一秒を過ごすますたがいつのまにか団体が村長のことを好きになってすまい、最終的にはトモダチ!トモダチ!ナルト!シップーデン!など妙な日本語まで覚えてくれるほどに親すんでくれなんだか訳のわからない酒盛をもって無事解放されますた。



ふたーつ

村では十年に一度の葬式がありますた。リンダの村では十年分の死者をいっぺんに弔うので大騒ぎです。
当日は朝8時頃から正装をすてお祈り、死者をのせた一軒の家くらいある御輿を村中の男たちが火葬場へ運び(その様はまるで祭です。北島三郎に生歌で盛り上げてもらえなかったのが残念ですかたありません)、巨大バーナーみたいな装置で一気にまるごと死者たちを火奉りにあげ、焼き上がる間のつかぬまの休息が終わる頃には夕宴の準備。伝統の踊りを見ながらさらに死者・神への祈りは続き、川や海へ遺灰を流すクライマックスが済んだのは、翌朝5時ですた。
村長この余韻から抜け出すのに2週間を要すてすまいもすた。この異文化体験、ぜひ友人のおめ川さんに見せたかったと心底思いますた。



みーっつ

みっつめは次のブログに書きます。



forget-me-not。
尾崎豊の名曲です。

尾崎!!ユースティルアライブインサイドすが村長、and more!!



忘れな草。
わたしを忘れないで。



すが村長