明けましておめでとうございます。


年明けの瞬間はボイトレの先生夫妻とそのお知り合いの方と高円寺のエスニック料理の居酒屋で過ごしていました。

そこにはたくさんのレコードが置いてあり、お願いするとそのアーティストの曲を掛けてくれます。

正直、聴く前はCDやサブスクで聴くのと違いが分かるのかな?と疑心暗鬼でしたが大好きなジョージ・ハリスンのレコードを聴いて感激しました。

音の温かみの確かな違いをポンコツな僕の耳でも感じられました。


元日夜中に帰宅してからその日はほぼ家で電池切れ状態でした。


2日は元職場の先輩とご飯に行きました。贔屓のチームこそ違えどお互いサッカー好きで音楽をやってるのも共通項で、サッカーや音楽は勿論色んな話をしてあっという間に時間が過ぎていました。武蔵村山のイオンモールめっちゃデカかった。


3日は昼から音楽を一緒にやってる相方と会ってカラオケでたくさん歌って、お互いの近況を話したり(と言っても僕は特に変わりないけど)相方は新しく彼女が出来たのでその辺をつついたり。いつも通り何だかんだ夜に解散しました。


そして歌い過ぎて喉が無事に死にました。←自業自得

今日レッスンなのに未だに回復せず。。。ヤバいよ、ヤバいよ。


そんな僕ではありますが、今年の目標として

・しっかり生きる

鬱病を治す、もしくは上手く共存していく。生活環境を改善する。自分の心身をより深く知る。

・シンガーになる

技術的な向上と、何より心から自信を持って楽しめるようになる。

・今まで以上に良い曲を作る

約30曲程度書いてきた中でベストと言える曲を生み出す。


これを達成します。

仕事とか恋愛とか色々欲張れる状況ではないから、せめて音楽だけは続けていきたいなと思います。

それと、出来ればパソコン環境を整えてサブスクに配信とかも出来たら良いですね。



読んでくださった方ありがとうございます。良い1年にしましょうね。

身近な友人と3人(当初は4人の予定だったけど本人の致し方ない事情により泣く泣く不参加でした)で昨日の日中はお気楽にオカリナを楽しむをコンセプトに演奏会をやりました。


皆それぞれ忙しいのもあるし、一人はまだ始めて1,2ヶ月だったのもありレベルとしては正直とても人様に見せられたものではないかもですが、ギター伴奏と共にそれぞれの課題曲に挑戦しました。




緩く楽しむのを心掛けながらも何だかんだ緊張もしつつ、それぞれの曲目を終えてからはギター伴奏で歌ったり楽しいひとときを過ごさせてもらいました。


個人的にはオカリナでは細かなミスはありつつも良くも悪くも自分の現在の実力は出せたのかなと感じています。ギターは大したことがない楽曲ばかりなので特に問題なく。


因みに今回僕がオカリナで挑戦した楽曲は

コンドルは飛んで行く(サイモン&ガーファンクル)

藍(スキマスイッチ)

津軽海峡・冬景色(石川さゆり)


僕以外の2人は片や主婦と子育てと仕事に追われながら、片や引っ越しやら新しく彼女が出来て時間を工面しながら忙しい中この日に合わせてくれました。本当に感謝です。





とても楽しい時間を過ごしたはずなんですが、ここ数年同様やはり年末年始は一人になった途端に虚無感だったり劣等感、不安感等に何故か襲われて、ここ数日ほとんど眠れてもないし身体も心も重くなる不思議な現象に苛まれています。

これは他の人にも起き得るものなのかどうかなのか。。。原因が分かる人や克服した人がいるなら切実に話を聞いてみたいです。


ともあれ今日一日をどうにか前向きに過ごす(もしくは色々諦めて寝るようにする)ようにしたいと思います。



どうでもいい話ですが自分の写真を見て、以前「オジサンがパーカーを着るな問題」みたいなのが世間で話題になってたなぁと思い出しました。

おじさんになるとエレベーターにも乗れないし、歩道を歩く時や階段を上る時等は女性の後ろにいちゃいけなかったり、電車で女性の隣の席には座れないとか他にも本当に色々制約があって大変で、人(特に女性や子ども)と関わるのも何かをするのも窮屈な思いだし何より怖いなと常々思っています。言うまでもないですが勿論女性や子どもの方々は何も悪くないです。


生きやすい世の中になるか、もしくはいっそのことこういう生きづらく感じて辛い人に楽に人生を終わらせてくれる選択肢をくれないだろうか。等とこの時期は一人でいると理由も分からず涙が出てきたりナーバスに思ってしまうわけであります。ついでに思考や感情も正常に機能してないんだと思います。

明るい話題は下記にないので皆様スルーしてください。自分用の遺書のようなものです。すぐに死ぬつもりはないけど。




中学時代から働いて家に金を入れて、自分自身の夢だった上智大学入学を諦めさせられて、20代の時に当時付き合っていた人との結婚資金として貯めていた金を全て一番下の弟の学費に取られた。(当初は渋ったけど大学生になったらバイトしてすぐに返す約束だった)

弟が大学3年の終わり頃にいい加減返してくれと頼んだら半笑いで「はっ?返す訳ないじゃん」と一蹴された。

母親は僕に金を出すように言った立場なのに返済については我関せずを貫いていた。


一緒に暮らしていた猫が病気になった時も僕が治療費を出し続けたし病院に連れて行くのも、猫に点滴を打つのも全て僕任せだった。

何もしないくせに亡くなったら一丁前に悲しむ家族に怒りや悲しみ、それに何より申し訳ない気持ちを覚えた。


まだ高校卒業したくらいのタイミングで鬱病と診断された次男や引きこもりをずっと続けている三男の分まで生活費を何年も工面し続けていたし、家賃の滞納とか予想外の出費がある度に母親は僕に金を出させて、金融会社や知り合いから借りてこいとも言われた。当時の友人や彼女から30万ずつくらい借りて金融会社もいくつも巡った。借金をするって凄く辛い気持ちだった。もしもこの時に僕が自殺すれば家族は学んだのかも知れない。


母親が仕事を辞めた時の生活費も三男を施設に入れる為の費用も弟達は守られ、僕だけがまた工面させられた。


昨日また母親から大金を工面するように連絡が来た。僕だけじゃなく他の兄弟にも話をするように言ったけど、多分どのみち僕が負担させられる未来だと思う。


何で僕が鬱病を患ったのか未だに母親と弟達は考えてもくれないのか、本当にATMだとしか思っていないのか。

ギターは15万円で売った。周りには弾きづらく感じてきたからと言ってある。


僕は今年夏頃にあった四男の結婚式を欠席した。

理由は色々あるけど一つは去年突然四男からカビだらけのスーツが送られてきて、年頭に「俺の結婚式に着ていくスーツをお前持ってるの?」と嫌がらせのような連絡をしてきたから。

何故何度も金の工面をさせられ続けた上にこんな陰湿な仕打ちを受けなければならないのか。

この出来事が僕に希死念慮を抱かせたのは間違いないと思う。




いつどうなるか分からないからもう僕は加害者を守る必要もないかなと思っている。だからここに記しておこうと思う。

THP(テクノヒューマンパワー)で働いていた先輩で当時リーダーをしていた古堅さん

音楽スクールのシアー立川校で知り合った長命君

長らく僕は友人だと思っていた町田

借りたまま逃げないで金を返してください。

他にも少額なり持って行って返さない人は何人か思い当たるけどこの3人には特に精神的に傷付けられたし

今でも心を入れ替えてくれないかとどこか望んでいる。




もう精神的には限界に感じる事も多くどうやって命を断つ事が一番部外者に迷惑をかけないか、それに出来るならどうしたらあっさり死ねるか日々考えてしまいます。